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一万打&サイト二周年記念リクエスト
それらの名前が、うずく。古傷のように、火傷かのように。
執筆:2011/09/14
更新:2011/10/22




 電車にぎりぎりで乗り込む。真夏の日差しに焼かれて汗だくなうえ、走ったせいで息も荒くなる。頭上で「駆け込み乗車は大変危険です」とアナウンスがかかって、近くにいた他校制服の女子ふたり組がくすくすと笑われた。恥ずかしさと車内の冷房に汗が冷やされ、ぞわぞわと居心地悪い。
 こういうときは、自分を第三者にしてしまう。一度目をつぶって意識を外に追い出す。息を吐ききって目を開けば、もう周りは気にならない。大量の他人がいても、そこに『ある』だけ。なにかしゃべってるけど俺には聞こえない。聞こえるのは電車がゆったり出発し揺れる緩慢な鈍い音。
 よくこうやっていろいろやり過ごす。人の視線や会話を気にしないようにするのは、昔から簡単だった。本を読むふりでも、音楽を聴いてるふりでも、自分を周りから取り除くようにするすべはいくらでもある。そういしていくことが普通な俺は、どこかおかしいかもしれない。でも、そういている『おかしい』やつは、どこにだっているものだ。

 授業も終わり、いち早く乗り込めた学生でほどほどに込み合った車内で、座れる場所はまだしももう少し人の少ない場所に移動しようとする。この時間帯に乗り込んだのは、もう一本遅れると人のひしめき合う密室に乗り込まなければいけないからだ。それは、拷問に近い。
 車両を変えるか、と歩きだすとふとボックス席が開いていた。ラッキーと思う反面、ふと疑問。なぜ開いているのに、誰も座らない?
 それは窓際にたたずむ人形のせいだった。

 日差しに光る銀色の長い髪がさらりと揺れる。真っ白な肌と対照的に身を包む衣服・装飾類は黒、黒、黒。唯一、胸元にあるブローチは乳白色の大きな石で飾られ、肌と同じく美しく煌めいていた。
その人形はたぶん全長160後半。15cmほどの厚底をはいているから、たぶん俺より背は高い。

 というか人形じゃなくて、ひとだった。あまりに非現実的な光景で、脳味噌の理解が遅れる。東京という土地であるがそれは群を抜いて現実とかけ離れた、電車にはまったく似合わない人物だ。
 目をつぶっていたその人形、もとい女がこっちをみて、驚く。いや眉が一瞬ぴくりと動いて、ガッツリと化粧の施された目がほんの少し見開かれただけという、あまりに薄い反応だったけども。
 瞳の色が金色だった。外国人には見えない。ハーフでもないように見えたが、ギャルを通り越してビジュアル系を意識した化粧であまり自信は持てない。
 そんな女の目の前に座る。窓際に詰めるのはマナー的には正しいだろうが、ボックス席に座るうえでは親しくもない人間の真っ正面に座ることはまずしないだろ。俺だってしない。普段なら。
 なのになぜ、座ってしまったんだろうか。普通、こんな人間にはまず近づかないのになんだかすごく惹かれた。
 見据える。視線が交差する。
 俺はなにも言わず、そいつを見る。
そいつもなにも言わず、俺を見る。
 にらめっこが続いて、まるで先に目をそらしたほうが負け、と勝手にルールづけられたかのように黙って見つめあう。

「「……どっかで、会ったことあったっけ?」」

 同じタイミング、同じスピードで俺たちは口を開いた。
 互いに驚く。笑うことも、深いに眉をひそめるともしない。ただ目を見開く。

「……初対面だよな?」
「たぶんね」

 俺の問いにあまりそんな気がしないんだろうか、軽い拍子で答える。俺も初めて会った気がしなかった。

「制服」
「ん?」
「学校帰り?」
「そうにしか見えないだろ」
「楽しい?」
「……どうだろ」
「ビミョーな答え」
「あんたは学校好きか?」
「ぼくちん、あんたって名前じゃない」

 声はどこまでも平坦で、不釣り合いな一人称が加えられてキャラ作りでもしているよう。

「じゃあ、名前は?」
「ソラ」
「そら?」
「カールでもいい」
「……あだ名とか、ハンドルネームかなにか?」
「名前なんて、個体認識する一番単純かつ迷惑なだけのものだよ。ぼくちんはそんなのに縛られたくなーい」
「ふーん……それならカール、もう一回聞くけど、学校好きか?」
「どうでもいい」

 意識の対象にも入らない、とザッパリ切り捨てられた。
 清々しいほど淡泊に感じる。
 でも、それはやっぱりどこか作られているようで、外堀を埋めてしまえばその結果になれるような願望にすがっているという印象に取れた。
 なんとなくそう、わかる。俺とこいつは、とても似ているから。
 だから話しかけた。そしてとても気に入った。

「きみの名前」
「ん?」
「まだ聞いてない。きみでいいなら別にいいけど、名乗らせたんだから、名乗れよ」

 すこし荒々しい語尾に若干苦笑しながら「んじゃ、ハセヲ」と俺はハンドルネームを答えた。そうすると出会った瞬間の表情よりもっと驚いたように見開き、逆に瞳が優しい光に揺らめいた。

「……松尾芭蕉の俳号?」
「……渋いな。普通、ここは指輪物語の『馳夫』をあげるところじゃね?」
「いいじゃん、芭蕉のほうが奥ゆかしくて」

「それに指輪物語のそれは翻訳者の表記だし」とぼやきつつ「ハセヲか。いい名前じゃん」とカールの顔がほころんだ。まるでイタズラをしかけた子どものように柔らかく。なにか素晴らしいなにか思い出すように優しく。ようやく、笑った。
 そしてすぐに無表情になる。そっちのが素なのか、それとも作り込んでしまって表情筋がその形で固めてしまったからか。

「んじゃあ、ほかは……あれかな」
「ん?」
「錬装士、PKK、三冠王、死の恐怖」

 指しているのは、確かに俺だった。
 ゲーム内のキャラクター・ハセヲ。
 驚きはしなかった。なんとなく、最近はネット内のニュースにも取り上げられている。それなりに浸透して、たぶんそのうち薄れ消えていく情報だ。
ぶっちゃけ、言ってみて後の祭りだが、有名キャラを自称するイタイ奴に思われたかもしれないな、と思ったり。

「カールはやってんの、ネトゲ」
「中毒者<ジャンキー>」
「……へぇ」
「PKもPKKもするし、チートもハッキングもクラッキングも必要に応じればする。滅多にないけど」
「……」
「BBSでは『よろず屋』とか勝手に呼ばれるけど、なんかダサくて嫌い。まだ『無法者』のほうが好き。裏カオティツクPK『同族喰らいの魔女 カール』とかも、まぁまぁ有りかな。もっと中二臭くてもいいと思う」
「……ゆーめーじん」
「『ハセヲ』ほどじゃ、ないけど」

 カールが立ち上がった。荷物を持ち、降りる支度をしていることに気がついて、外を見た。自分と同じ駅らしい。奇遇というか、もはや薄気味悪い感情すらわきでてくるような、誰かが狙って引き合わせたかのような。

「ハセヲも降りるの?」
「……そうらしい」
「……なんか、ここまで示し合わせられると、誰かの手の上で踊らされてるみたいだ。きっもちわるぅ」

 同じこと考えてんな、と思いつつ苦笑して、扉の前へ。乗客がカールを見るとギョッとして道をあける。表情を横目でうかがうと、慣れたもんなのかまったく気にしていない。好きでそんな格好してるわけだから、当たり前かもしれないが、俺からすれば驚かされる。いや、カールもどこにでもいる『おかしい』やつなんだろうか。
 ホームを下りて、どうでもいい話をしながら歩く。話が弾むわけじゃない、心地いい間があく緩やかな会話で、もっと話がしたくなる。
 カールも同じなのか、自動販売機を見つけると立ち止まってカフェオレを買った。俺も同じようにお茶を買って、立ち話をする。最近読んだ本とか、上映されてる映画の自分たちなりの評価とか、よく聞く音楽とか――ゴスロリ姿なのに、V系バンドよりクラッシックのほうが好きだと言うことが判明した。「じゃあ、なんでその格好」と聞くと「好きだから」だそうな――好みはピッタリ一致することはなく分かれたが、感性が似ていた。
たわいもない時間が過ぎ、そろそろ俺の避けてた学生が密集している電車も到着する時間になる。もうすぐ帰宅ラッシュで息苦しくなるほどの駅ナカに混雑具合がピークに近づくはずだ。

「さて、そろそろ帰る」
「徒歩?」
「バス」

 待たなくていいよ、と言いながら手を振り、ペットボトルを捨てると近くにあったトイレへ行ってしまった。待たなくていい、ということは待っててもかまわないということだろうかと解釈。あと少しのお茶を飲みながら、ボーッと考える。
 カールを見ているとなんとなく俺を見ているようで。普通、自分に似ている奴なんて同族嫌悪の対象でしかないけど、カールは違う。なんとなく懐かしさすら感じる。デジャヴというやつだろうか。どこかで会った気がするのだ。昔か、最近かはわからないが、漠然と。
 記憶をたどるも、やっぱり思い出せない。ひとりで悩むことたぶん数分。いいかげんカールが遅くて先に帰られたんじゃないだろうか、という考えが思考をかすめだしたとき。

「……ん……?」

 なにかがひっかかった。これまた漠然と。
 ペットボトルを捨てて、早歩き。人混みが増えてきたところを縫うように動いて、その姿がようやく見えて、呼ぶ。

「カール」

 なんでだろう。目の前に見える後ろ姿は似ても似つかない。首がほとんど見える真っ黒なショートカット。薄い青のシャツに下はジーパン。そんな相手にさきほどまで語っていた奴の名前を呼ぶ。後ろ姿は立ち止まらない。俺は足を止める。人混みに紛れてしまう、その背中。

「カール……!」

 さきほどより大きな声で、はっきり。名前を呼ぶと薄れる視界。そこに見えた、光景。
 銀色の髪をなびかせて、走る誰かの姿。それはどこか異質で、その細い腕で抱きしめたなかには光源かのように輝く少女がいて、ファンタジーじめていた。フッとそんなものなかったように虚像は霧散して、立ちくらみで身体が傾いた。なんだ今の。
 疑問を思うなか、瞬きを数回して、顔を真っ正面に向けると、そこにいた、人。
 いぶかしむように、悔しがるように、顔を少し歪めて、近づいてくる。

「……なんでわかったわけ?」

 ぶっきらぼうな声がまさにカールで、腕を組んで問う。ポカンとしてしまった。さっきと顔がぜんぜん違う。化粧を落としたのか、うって変わってすっぴんで、しかし美人だった。化粧が似合ってなかったわけじゃないが、こっちのほうが数倍魅力的だった。鼻筋はすっと通っていて、やけに太いフレームのメガネに隠したクッキリした二重。目はつり上がりぎみだが、猫みたいなアーモンド型で手を加えなくても充分に大きい。

「聞いてる?」
「あ、ん? ああ、なんでって……」

 なんとなく、としか答えられない。鞄も違うし、着てる服だってそうだ。大きな紙袋に入っている厚底靴が今でこそ見えるが、離れてたらただの買い物を終えた帰宅者にしか見えない。

「……まあいいや」ため息混じりに呟いて「そのうちバレると思うから先に言っておくけど、あたし、きみと同じ学校の生徒」と続けた。

 さすがにこれは息が詰まった。
 口調の変化にも驚いたが、同じ学校に、同類がいたことに気がつかなかったなんて。カールは表情を隠すようにメガネを調整しながら続ける。

「仁村潤香って名前、噂で知ってるでしょ」

 ニムラジュンカ。確かに、その名前を聞き覚えがあった。
 入学当時から荒れてて留年したという、ひとつ年上の同級生。いや別の噂では身体が弱くて長期入院したため留年したとか、暴走族の集会に参加してるのを見たやつがいるとか、昔謎の難病にかかって意識不明になったとか、小学生のときに傷害事件を起こしたとか、いろいろ不確かな、学校一謎めいた女子。普段から人当たりはいいが、行動が読めなくて、気味悪がるやつらも一部いるらしい。
 さすがに学校サボってコスプレじみたことしながら町中闊歩してるなんて噂は聞いたことなかった。

「同級生、か」
「2年?……今まで気づかなかったとか、失態」

 カールも俺と同じようなこと考えていたらしい。さすが同類だな、と笑いたくなった。それを自分の中でごまかすように「噂は絶えないけど、結局のところどうなんだ」と問いかけた。

「聞いたってしかたないって。人間、自分の信じるものしか認めないし。真実が平凡なら、華やかな嘘に飛びついて騒ぎ立てるほうが、楽しいでしょ」
「寛大な意見だ」
「なんにも興味がないだけ」

 その答えかたが、本当にカールで。自分で名前を呼んだのに、疑ってしまっている自分がなんだか変な気分だ。

「……ねぇ、きみは」

 距離をつめてくるカール。女子独特の甘い匂いにドキッとしながら見つめあった。

「『ソラ』?」

 のぞき込んだ瞳はあまりに切なげで。頷くことも否定することも、考えることもできなくて。

「……なわけない、か」

 その間にカールは、瞳を閉ざした。そしてもう一度開くと、そこには冴えた色の眼差ししか残っていなかった。一歩さがり「今日、そこそこ楽しかったよ」と囁く。

「じゃあ、学校で会えたら」

 そのまま、足早に行ってしまった。人混みのなかにまたしても紛れれば、もうそこには今度こそいない。

「仁村、潤香……」

 ただバカなほど間の抜けた呟きを吐いて、俺は立ちすくんだままだった。流れに反する俺に、迷惑そうな顔する通行人が見えたけど、意識しなくても意識外がらそれらが追放できて、自分が放心状態であることを第三者的に理解できた。

カール。仁村潤香。そして『ソラ』。





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リクエスト:ハセカー(ハセヲとカールの出会い)
ザ・ワールドにもよく出没。それなりに強い。ケストレルにも月の樹にも睨まれることもなく、のらりくらりやり過ごしてる。
事件以降、本人のなかでは無意識だが『カール』と『ソラ』が混ざってしまっていて、ときどき『自分』がわからなくなる。1ヶ月に1回はこうやって学校サボって自分なりの姿で、町中を歩く。そうしてストレスを発散している。
そのときどきで服が違って、ゴスロリ・パンク・ギャル・男装・浴衣といろいろ。
愛想はいいが距離を取るのがうまくて、知り合いは多いが友だちはいない。好きなものも嫌いなものもほとんどなく、物事に対しての興味関心がほぼ皆無。座右の銘は「来る者、距離は置いても拒まず、去る者、視線ですら追わず」
……といろいろ盛り込みたかったが、無理そうだったのでこんな感じに。自己満足一直線のSSでリクしてくださった方、本当にごめんなさい。
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