メイクも勉強した。綺麗になろうと。
ファッションにも気を使った。オシャレになろうと。
それでも、アンタは振り向いてくれなやしない。
爪にベースコートを塗る。はじめてネイルに挑戦したときは、気泡ができてデコボコになってしまったりして、しょげたものだ。今では指先を保冷剤で冷やしながら塗り、ドライヤーですぐ乾かすというコツも実践済みだ。指にはみ出さず塗れるようになったし、上出来だろう。
乾かすまでの間に、開いたままの雑誌に載っている有名ブランドの新作である赤いマニキュアが目に入る。欲しいなぁ、とか思いを馳せるも、自分には身に余る気がしてならない。友だちがショッキングピンクに近い色を指にさしていて、はたから見ているとなんだか不釣り合いで、フェミニンな雰囲気の子に濃いあの色は刺々しかった。それは自分にも当てはまると思う。
それに、アタシの場合、テニスもやっているのでつけ爪もできないから、短い素爪でどうにかするしかない。あまり爪の形も良いわけではないので、派手な色を乗せると逆に違和感を覚える。だからベースコートだけだ。授業で前の席に座った子がプリントを回してくたとき、艶のある爪を見てドキッとしたのが、自分もやりはじめたキッカケ。周りに触発されて、いろいろ試す。昔ならそんなの『らしくない』と笑うところだけど、今はこれでいいと思う。
綺麗になった爪。これだけで自分はお姫様にでもなった気分だ。いや自分からすればお姫様というか、オンナノコだ。
生物学上、アタシは女だ。残念なことに。
それでも人は自覚しないとオンナノコになれない、と思ってる。
いろいろ人によって意見はあるだろうけど、アタシは恋することでオンナノコになることを選んだ。
いままで好きな人なんて、いなかった。告白されたことぐらいあるけど、意識はしたがそれだけだ。今みたいに、人のこと四六時間中考えて胸を詰まらせることなんてなかったし、ふと寂しさに襲われてその人を思い出してさらに涙がにじみ出てくるなんて、想像もしなかった。
考えれば考えるほど、なんか恥ずかしい。でもアタシはオンナノコになろうとしている。羞恥なんて知るもんか。恋いを自覚してしまった。その時点で恥ずかしい。でもそれは普通のことと言い聞かせる。好きな人。好きになってしまった人。
ときどき、想像する。子どもは何人欲しいとか名前はこうとか。人によっては引かれるだろうが、考えてしまうものはしょうがない。女の子ふたりは欲しい。男手もあったほうがいいから、末っ子に男の子がほしいとか。バカな想像だ。叶わない妄想。
告白は、した。返事はもらってない。
それはそうだ。
相手は同性だったんだから。
ネットでの出会い。男のキャラクターを使っていたから、男だと思った。メールしてても、違和感は感じなかった。オフ会で、はじめて知ることになる。
それはさまざまな知識を蓄えた初老の賢者の正体が小学生だったことより、騒然となった。未帰還者となった友人を助けだそうと危険をおかしたアタシたちのリーダー的存在は、集まりの大半数より年下の女の子だったのだ。
想い寄せていた女性陣は全滅した。アタシだって撃沈だ。詐欺だ、と大声で吼えそうになったぐらい。
「ブラックローズ」
こんにちは、と話しかけてきたアイツ、カイト――リアルの名前はサヤは、不安そうな瞳を向けていた。だましていたつもりではないだろうが、自分から言わなかったことに罪悪感を持っていたに違いない。そりゃそうだろう、数日前にメールでだが告白されてるんだから。
話していくうちにそこにいたのは、確かにアタシの知る人物で、性別は違ったがカイト自身だった。だから、アタシも気持ちを切り替え、これからも相棒として、友だちとして、つき合っていこうと思った。
リアルでもふたりでいろいろなところに遊びにいった。美味しいケーキバイキングのお店を見つければ誘って食べにいったし、カジュアルばかりのアタシとサヤはふたり揃って改造するつもりで服選びに町へ繰り出した。
楽しい毎日。相棒で親友になれて、心地よかった。
「姉ちゃん、ただいま」
「ん」
記憶の彩りに思いを巡らせてたら、コンコン、とノック。向こう側から弟の声がした。おかえり、と答える。塾から帰ってきたようだ。扉の前から離れる気配を感じて「カズ」と名前を呼んだ。気づかないならそれでもよかったけど、足音が戻ってくる。
「なに?」
「……入って入って」
のぶを回し、顔を出す和文。前より背も伸びて、肌も少し焼けた。まだ色白の部類だが、病室でベットに沈んでいる姿を知っている身としては、それだけで安心してしまう。
「渋谷、明日行くけどなにか欲しいものある?」
「あ、そっか明日だっけ、サヤとデート」
「デートって言うな」
「友だち同士でも普通に使う言葉だから、そんなに敏感にならないでよ」
友だちにも親にも言っていないが、カズだけは知っている。
ある日、なつめが東京に来て、一緒に遊んだと聞いた。嬉しそうな声のサヤになんだかイラッとした。サヤが別の友だちと遊ぶなんて普通のことだから、ちょっとした嫉妬だろうと流すと、別の日、バルムンクと一緒にツーリングに行ったと聞いて、それがものすごく嫌で嫌で仕方がなかったアタシは、カズに怒濤の勢いで愚痴った。ものすごい剣幕だったと思う。
『姉ちゃんさ、サヤのカレシみたいな言いぐさだよ』
その一言に、愚痴の波は大きく引いた。
なに言ってんだ、という思いより、胸の奥にブスリと鋭いナイフを突き立てられたようか、冷たさと痛み。
言葉を詰まらせ、見るからに狼狽するアタシに、カズはポカンとしていて。勝手に愚痴っといて最悪だが、カズを部屋から追い出すとベッドに潜った。先ほどの痛みの正体がわからなくて、その日は渦巻く感情にもまれながら眠りに落ちた。
明くる日、アタシはカズにハメられる。
学校も終わり、帰宅しようとすると着信。カズからだった。
『サヤがこっち来てて、今お茶してるんだけど、姉ちゃんもどう?』
頭が真っ白になった思ったら、端から紅がにじみ出てチカチカと視界が染まっていった。気がつけば電話で指定された喫茶店で、カズの前にいた。
寂れた店内のテーブル席にいるのは弟だけで、他の客もサヤの姿もない。
『嘘だよ。サヤは来てない』
カズの第一声に、力が抜ける。
『姉ちゃんは、サヤが好きなんだね』
第二声に、身体がこわばる。
声の感じからして、それは友だちとしての『好き』を言っていないとわかった。否定してみたけど、カズはどこ吹く風でアタシを見つめてた。
『必死な目だったよ、さっき。嘘だって言ったら、怒るより先にすごく安心した顔だった』
そんなことない。
声に出してみたけど、あまりに説得力がないか細い言葉になった。
同性愛に偏見はない。好きなら好きでいいと思う。ただ、自分の身におきてしまえば、それは大事件だ。
それから一ヶ月、カズを避けた。カズが悪いわけじゃないけど、アタシも悪いわけじゃない。誰も悪くない。家族はみんな心配された。それでも、騙されたから、と理由をつけて、同じ食卓を囲んでも目すらあわせなかった。
でもその一ヶ月で、考えに考えた。自分なりに、一生懸命。カズの指摘通り、たぶん、アタシはサヤが恋愛的感情で好きだ、と思い至る。本当は、なんとなく感じていたけど、認めようとしなかった。
それからどうにか謝って、今は普通に話をしている。サヤのこととか、気兼ねなく言える唯一の理解者。
「前から思ってたんだけど。姉ちゃんは、オンナノコにこだわるのってなんで?」
「なんでって?」
「俺の勝手なイメージだけど、なんつうか、そういう場合って、女っぽくなるより男っぽくなるもんなんじゃないの?」
サヤの名前や同性に恋してるとかの言葉をにごしてくれるのは、家だから。外では話す場合は『カイト』と名前を変えてくれる、カズの気遣い。いい弟を持ったと心底思う。
「これ以上、男っぽくなるのが怖いから女を意識してるの」
自分の性格がサバサバしてるのは直せそうにないし、キャラじゃないことをしている自覚もある。だからせめて外見だけでもオンナノコになろうと考えた。それだけだ。
「どんなに『オンナノコ』がんばったって、アイツはこっち見てはくれないけどね」
「……」
「わかってるけど、しゃーない。勝手に好きになったんだから」
好きで同性を好きになったわけじゃない。好きになった相手が同性だっただけだ。
だから、男になりたいとは思わない。どっちかが異性だったら、こんな悩みはなかっただろうが、そんなの今さらだ。それに、異性だったとしても叶わない恋だってあるものだから、それで嘆きたくはない。
「アイツにそういう意味で好いてもらえないのはわかってる。だから、せめて、女のなかでは一番好きになってほしい。『自分の友だちにこんな子がいる』って誇ってもらえるような、そんな女になりたい。まだまだイイオンナにはなれそうにないから、その前段階の、オンナノコになりたい。外見だけでも、綺麗とか可愛く、なりたい」
それがせめてもの願い。
「……姉ちゃんは難儀な性格だよね」
「カズは、アタシに諦めろって言わないね」
「当たり前じゃん。諦め悪いの、知ってるよ」
「聞こえ悪ぅ!」
「じゃあ言い換えるよ。昔、姉ちゃんが諦めてたら、俺ここにいなかったかもしれないんだから」
あの事件のこと言ってるとすぐわかる。そうか。あの頃から拍車がかかったのかもしてない。諦めの悪さに。
「いいんじゃない、諦めなくても。そのうち、もっと良い人に出会えるよ。そうしたら、相棒で、親友で、元好きな人になればいいんだから」
「……簡単に言ってくれるわね」
「愛は一方通行じゃあ、重いし相手を傷つけるだけだけど、恋は人の勝手じゃん。自分の思うままでいいんじゃない?」
俺は姉ちゃんの味方だよ。
カズの笑みがそう物語る。気つかわれてるなと存分に感じて、顔を背けた。泣きそうだ。「カズ、アイツと結婚して」ボソッと呟いた。「……はいぃ?」とカズは目を丸くする。
「そしたらずっと一緒にいられるじゃん。アイツに兄弟がいたらアタシが嫁いでもいいけど。あいにく、一人っ子だし。カズと結婚してくれれば家族にもなれるし」
「どこの小説か昼ドラだよ、それ」
「けっこう本気だけど。それに子どもなんてできたら、アタシと同じ遺伝子持った子が……あ、やっぱ今の無し、無理。カズに押し倒されてるサヤなんて考えただけで死にそう。死にたい。というかアンタを殺す。ぶっ殺す。完全犯罪を成立させてその子どもをアタシとサヤで立派に育ててみせる。よし、それで完璧」
「……無茶苦茶だぁ……」
半分冗談を言い、どうにか涙をぬぐってごまかした。カズも察してか、じゃあ明日楽しんできてねと言うと静かにでていった。本当に、できた弟を持ったものだ。
にじむ視界で、手帳を開けた。サヤと色違いで買ったスケジュール帳。慣れないふたり、ちょっと堅い笑顔のふたり、並んで撮ったプリクラが挟んである。
会えば会うほど、距離も縮まって、表情も自然になって、どんどん好きになった。
二ヶ月前に撮ったプリクラに装飾として押した、丸字の『アタシらずっと一緒!!』のスタンプ。
無理だ。サヤは誰かのお嫁に行くし、きっとアタシだってこの恋に見切りをつけて誰かのもとに嫁ぐはずだ。そしたらお互い子どもができて、気軽に会えなくなる。それが当たり前になる。
それが現実。わかってる。願うだけの恋、叶えるつもりのない恋。今は、あの笑顔を想えるだけでいい。あの泣き顔の傍にいられればいい。アタシはこの恋を忘れない。なかったことにしない。同性<サヤ>に恋したことを、否定したりしない。
いつか終わるこの片想いにひとりもがいて、躍るだけ。
(サヤはアタシにとって、かけがえのない)(誰にだって誇れる人だから)
リクエスト:カイブラ(ブラカイ)
なぜ百合に走った……!←
というかブラ→カイ。
前からカイトがネナベっていうの書きたかったんですよ。当初はただの友情EDで終わるはずだったのに。……ナンデコウナッタ。
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というかブラ→カイ。
前からカイトがネナベっていうの書きたかったんですよ。当初はただの友情EDで終わるはずだったのに。……ナンデコウナッタ。