その言葉は、
きっと 文字化されないけれど。
白の挑戦状
--------------
Ein niederlagenanfang
--------------
Ein niederlagenanfang
カイトに口出しをされてから結構な時間を費やした。
僕は気分がだいぶ落ち着いたものの、逃避に似たような焦燥感は消えないまま。
カイトの意地の悪い誠実な笑顔が瞼裏に浮かぶ。
(そんなもの、知りたくない)
今まで、それを否定してきた。
僕にそれを与える者が存在しないのだと理解している。
いくら叫んでも届かないそれを、求めるのを止めたのは覚えていないほど昔のこと。
だから、知りたくない。
再び求めてしまえば、それはきっとまた僕を傷めつける。
一過性で一時的な、感情の昂揚錯覚だと思うことで納得したのに。
あろうことか、トキオは僕の隔てたラインを踏み越えてきた。
それは何故か僕の何かに引っかかって。
消えない、ずっともやもやしてるんだ。
それが気持ち悪いのに、どこかでその言葉をまた望んでいる。
(…くだらない)
思いながら、甲板に通じる扉を気だるい気分のまま押し開けた。
僕が言うのもなんだけど、違う空気が吸いたかった。
けど、扉を開けた先に視界に入るのは橙色の髪。
いじけたように膝を抱え、下の風景を見ている。
ああ、タイミングを間違えたかな。
今更だけど。
扉の音で気付いたのだろう彼はこちらを向き、驚いた表情を浮かべた。
けれどすぐに顔を背け、また拗ねるような態度をし始める。
それが逆におかしくなった。
さっきの僕と同じ姿勢で、いつまでも拗ねて。
でもそれを子どもっぽさではなくて素直さだと感じてしまえば、その印象は拭えない。
歩を進め、ちょっと離れたところへ腰を下ろした。
「……なんだよ」
「別に」
「……………」
君を慰めにきたわけではないから、とはさすがに言えない。
でも、謝るつもりがないといえば嘘にはなる。
…多分、言わないけど。
横たわる沈黙。
俯いて膝を抱えていた彼は、耐えかねたのだろう口を開いた。
「……もう、虫の居所は良くなったのか?」
「悪くはないよ」
「……そっか」
視線だけを彼に向けて見れば、安堵しているようで。
張っていた気が抜けたのか、別に何かあるのか
表情を見せないように膝に顔を押し付けた。
何故隠したのかと何の気なしにその彼をよく見てみれば、
若干髪の合間からのぞく肌が、赤みを帯びている。
それを認識してしまえば、僕も顔を背けるしかない。
知りたくない。
そう思っているはずなのに、これは僕のペースも都合も思想も無視してわいてくる。
やっぱり、カイトが言うように
これはもう、逃れられないものなのだろうか。
苦しいまま終わるのでは、終わる先に救いはないと
そう叫んだ彼に、心をもっていかれてしまっている。
苦しいまま消える可能性のある僕に、そんな一言はズルい。
僕が棄てたのは
僕が、諦めたのは…
(…そうか)
僕はもう、これから逃れられない。
これを感じた時点でもう、僕の負けなんだ。
ズルい。
彼は本当にズルい。
…ああ
このままはなんだか、癪。
「……ねえオマケ」
「…なに?」
ズルいキミに、僕からのせめてもの仕返しを。
さあ、精々がんばるんだね。
(キミが与えたこの感情を)
(僕に言わせてみせて?)