「ん」
仁村邸、自室にて俺の足の間に座ってくつろぎモードで菓子を咀嚼する潤香の答えは味気ない一文字と袋に入った棒菓子……ポッキーを振りかえることなく差し出すことだった。それお前がさっきから食べてるヤツじゃん。しかも俺が献上した。
まぁ潤香が菓子くれるなんて滅多にないことだから、素直に貰うけど。
ぽりぽり
期待はしてなかったから、まぁ、うん。……ポッキーがなんかしょっぱい気がしてくるぜ。
ぽりぽり
あれ? これホワイトデーにお返し要求される? ポッキー1本で? しかも自分が買ってきたやつとか、だいぶ虚しいぞ。
ぽりぽり
「チョコ欲しかった?」
「……うん」
はい、期待してないとか嘘です。欲しいです。
菓子会社の陰謀だったとしても、そりゃあ、恋人らしいイベントですし? 彼女いるのに貰えると期待しないやつは男じゃないと思いますが? 俺間違ったこと言ってませんよね?
「素直だなぁ」
俺が誰に言ってるのかわからない心の言い訳をぼやいていると。潤香が膝立ちになって俺と向き直り重心をかけてきた。痩せすぎな彼女の体重を支えられないわけじゃないが、予期せぬことでバランスを崩してゆっくり床にそのまま倒れる。
マウントとられてキツネにつままれたような顔している俺を見下ろす潤香。烏の濡れ場色という、まさにつやつやとした黒髪は長く、それがカーテンのようになり周りの背景を隠す。それはまるで俺と潤香だけが世界に取り残されたような気さえしてくる。それぐらい、俺は彼女に魅入っていた。
そしてそんな彼女がなにをしでかすと思えば、俺の食べていたポッキーを先端から食べはじめた。チョコの部分はほとんと食べきっていたため、すぐに柔らかいものが唇に触れる。
「なんにも用意してなかったからこれで我慢ね」
潤香は身体を起こすと表情を変えるでもなく、ケロリとすまし顔でそんなことのたまう。……おい、潤香からキスしてくるとか、付き合いだして初めてなんだけど。……やばい、顔がにやける。
「……お返し今していい?」
「ホワイトデーまで待てるよ」
「俺が待てない」
調子に乗って頭を軽く抑えてキスをした。さっきは触れるだけのキスだったけど、舌を入れる。歯列を添って、舌を絡めると甘い菓子の味がする。口内のぬっとりとした熱さが絡まって心地いい。
「……チョコ味のキスなら悪くないね」
唇を離すと、彼女がぽつりと呟く。
「……え、俺いつもそんなに下手?」
「ニブちんー」
もっとして、って催促だよ
(耳元でそっとささやかれ、自覚する)(『ああ、本当に仁村潤香には敵わない』と)
主導権いろいろ握られてる亮くん。潤香さんにはこれぐらいの器に育っていること希望。