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君あっての僕
執筆:2009/12/25
更新:2009/12/25
「5、4、3、2、1……!」

 メリークリスマス!!――カイトはかけ声とともにクラッカーを素早く引く。パンッっ勢いよく紙テープや色紙のデータが飛び散るなか、クビアも戸惑い一歩遅れつつも彼にならいクラッカーを引っぱった。大きな破裂音に顔をしかめるクビアと違ってカイトは見るからにニコニコとご機嫌。
 十二月二十五日、二人は雪原のフィールドにてクリスマスを迎えた。モンスターは全て駆逐。ダンジョンには下らず、石を積み上げてできた東屋のような場所(はえていたホワイトチェリーは搾取済み)でレジャーシートを広げ腰をおろしていた。The Worldでこのイベントを過ごすとは立派にネトゲ中毒者と称される行いであろう。それに加えヘルバ製のレジャーシートやクラッカーチートアイテムを使用したり。良い視線は向けられないであろう二人だけのパーティーとなっている。

「ごちそうも用意しましたー!」

 次に取り出したのは――切り株の形を模したケーキ・ブッシュドノエル、こんがり焼かれた七面鳥、気泡を弾かせる薄く色づいたシャンパン、今にも温かさと香りが鼻孔をくすぐりそうなミニストローネ、色とりどりのフルーツ、瑞々しく光るサラダ――まさにパーティー料理の数々。
 クロスのかかったテーブルにでも置かれていれば豪華に見えるのだろうが、残念ながらランチョンマットの上ではイマイチ雰囲気が崩れる。しかしカイトはそんなこと気にしたふうもなくケーキを切りわけ、皿にフォークを添えてクビアに差し出した。

「MADE in ヘルバだからちゃんと食べれるよ」

 スーパーハッカーにこんな物を作らせていいのか……と軽く疑問を感じながらもクビアは皿を大人しく受け取り、ちらりと視線を風景へ投げた。綿のような雪がしとしと音もなく降り注ぐフィールド。清純無垢なその色はいつまでも変わらずそこにある。

「(……いつまでも、なんて……そんなの虚言だけど)」

 本当のところThe Worldが無事に十二月二十五日を迎えたことが嫌だった。正確にはこの世界の節目の聖なる夜、クリスマスイブに何かが起こることを期待していた。言うなれば――世界がこのまま消えてしまえばいい、と。

「(この世界はいつまで続くんだろう。なぜ終わってくれないんだ……終わらせてくれよ)」

 目を閉じて心のなか、女神の名をぽつりと呼び瞼を上げてみた。
 見えたのは白ばんだ空とふれられない雪――女神たる世界はなにも答えず、存在していた。
 クビアは顔を歪め、世界を責めるように期待と悪意を白い息にまぶして、大きく吐き出した。それで気分が良くなるわけではないがそうせずにはいられない。この風景とは真逆に真っ黒なものを吐き、毒づきたい気分なのだ。
 クビアの目の前でクリスマスを喜ぶカイトも、いつかログインしなくなるだろう。急にではなく徐々に、しかし確実に。それが当たり前なのだ。人は――何事にも慣れて、飽きる。
 この世界がなくたってプレイヤーたちにはリアルがある。現実で交流は続けられる。でも、クビアにはそれがない。彼とカイトが共にいられるのはこの世界だけ。
 羨ましい、妬ましい――カイトの近くにいるプレイヤーたちを全員殺したくなる。しかしそれだって叶わない。未帰還者にできたとしてもこの想いで人は殺せない――現実世界には何もかもが、届かない。
 腕輪の反存在、強大で凶悪なクビア。しかし彼は自分というデータのちっぽけさを知っていた。カイトがこの世界に現れなくなれば、クビアは世界が滅ぶまで待ち続ける以外の選択はない。この世界が長く続けば続くほどここは生き地獄。
だから消えればいいと思う。この幸せのうちに、アウラが、世界自体が、すべて。

「(もしくは、カイト)」

 PCのカイトを消えれば反存在のクビアも消滅する。それが一番早く確実な方法……しかし――

「……もしかして、クビア楽しくない?」

 その声に視野を上げた。しまった、と思った時にはすでに遅く、カイトから笑顔が失われ眉を下げて上目づかい。なにを自暴自棄になっているんだ馬鹿馬鹿しい、とかぶりをふって取り繕ろうと軽く狼狽える。

「いや、そうじゃなくて……」
「そうじゃなくて?」
「……ただ」
「うん」
「……クリスマスって、キリスト教の行事だろ? 年越しには除夜の鐘があって年明けには初詣……神道に仏教、宗教がバラバラだ、とか考えてただけ」

 情報として『クリスマス』などが何かを知り変だと感じていたので、今までの思考を口に出すわけにはいかず手っ取り早く言い訳をついた。

「あー、日本人は特殊だから……でもね」

 なんだそんなことか、と言いたそうに苦笑したカイトはシャンパンを注いだグラスを手に取る。

「日本人だけってわけじゃなくて……人はなんでもいいから行事ごとにかこつけて、大切な人と一緒にいたいだけなんだよ」

 たぶんね、とグラスをクビアのほうにかかげながら幸せそうにはにかむカイト。

「……大切な、人」
「うん」
「……カイトは、僕と一緒にいたい……の?」
「当たり前だろ」

 クビアは思わず言葉を飲んで、すぐには答えられない。当たり前、と言いのけてしまうカイト。それもいつかは変わってしまう――わかっている。

「(……そうだとしても)」

 自分は人でなく、データでしかない。けど。

「(希望は、消したくないんだ)」

 PC削除だけはしないでほしい、とクビアは強く心から願った。



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 いつかまた出会えるかもしれない、と生き地獄を耐え続ける――ただ、会いたいがゆえに。

 彼にならいグラスをかかげる。カイトがグラスを傾け『カチン』と美しい音色が小さく響いた。

「……カイト」
「なに?」
「僕のこと好き?」
「……真顔で直球なこと聞くね……好きだよ」
「ほんと?」
「疑うの?」
「ただの確認」
「好きだよ、大好き」
「……そっか、……ありがとう。愛してるよ」


 でも好き、大好き、愛してる……そんな言葉だけじゃ気持ち全てを言い表せないね、とクビアが呟けばカイトは軽く頬を染めて照れ笑いで応えた。
ほんのり甘め……を目指した。暗いけど。
淺櫻が書くキャラはみんな卑屈になるマジック。節目ってなんだか思考暗くなりません?……え、私だけ?←

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