NOVEL  >>  Short story  >>  ペルソナ4 

「甘いもの、欲しいんだ」
執筆:2012/02/21
更新:2012/03/07
 待ち合わせ場所に、あの人は知らない誰かと一緒にいた。
 差し出された手にあったのは、ハートが無数に絵描かれた可愛らしい紙袋。今日は2月14日。となれば探偵でなくとも、その中身は推理できるだろう。
 僕の手にも小さな紙袋が握られている。中には紺のリボンで結んだ、青いストライプ地のギフトバック。
 今しがたあの人が対峙していた女子に比べて、あまりに花がないように思えて。それがなんだかとても恥ずかしくて。
僕はきびすを返し、気づかれないようその場から静かに逃げ出した。





 授業の終わりを告げるチャイム放送が響いて、ついに放課後になった。終わった直後なので教室はざわめいている。バレンタイン当日の今日はなんだかみんな浮き足だっていたが、僕は陰鬱として過ごした。
 下駄箱と机の引き出しに入っていた数個の、チョコレートと思われる物。僕の性別が噂されてからもラブレターなどが下駄箱に入れられてることが多々あったりしてうんざりしていたものだけど、回収しながらどれもかしこも愛らしいラッピングで、ため息がもれた。

 ネットで見つけたレシピ通りの分量、時間、手順に乗っ取ってチョコレートブラウニーは完成した。
 味は……不味くないと思う。
 美味しいかと聞かれると困るが、食べれるものとは言い切れる。とりあえず成功。しかしあの人は料理が上手いから、自信がない。包装しながら何度も何度も渡すのをやめようかと思い悩んだ。

 女性らしいことなんて幾ばくもしてこなかった僕が、初めて作ったチョコレート菓子。
 昔なら菓子会社の策略なんて鼻で笑って過ぎたものだけど、今年からはそうはいかなかった。

 恋人ができて初めての、バレンタイン。

 もうすぐ、あの人はこの町からいなくなる。
 会えなくなるわけではないけど、今よりずっと会いにくくなるだろう。今のうちに、できるだけ思い出を作りたかった。

 その結論として、手作りチョコレートを渡そうと思いたったのだが、朝見た光景に尻込みして今に至る。

 渡すことができないなら、捨ててしまうか。いや、もったいないから自分で食べてしまうべきか。
 もんもんとしながら机を見つめていたら、久慈川さんが前の席に座った。片手には見覚えのあるものを持っている。僕のあげたチョコレートブラウニーだ。

「直斗くんのブラウニーすっごく美味しい!」
「ありがとうございます」

 久慈川さんには前からチョコレートを交換しようと提案されていたので作っておいたのだ。話だけは聞いたことがあった『友チョコ』というやつだ。キラキラ眩しい笑顔を向けられ褒められると、ちょっと華やいだ気分になれる。
「これなら先輩、喜ぶこと間違いなしだよ」

 しかしその一言に露骨に僕は視線をそらしてしまった。ジーッと探るような目で刺され、気まずい。今日一日、様子がおかしいから根掘り葉掘り聞かれてだいたいがバレている。昼休みに昼食をいつもは上級生組と囲んで食べるのに、理由をつけて行かなかったりしたので、当たり前だ。

「直斗くん、まだ先輩にバレンタイン渡してないよね」
「……はい」
「朝、待ち合わせ場所に行かず先に来ちゃったんでしょ? 先輩楽しみにしてるよ?」
「ちょっと渡すには勇気が必要で……」
「恋人同士なんだから普通だよ。むしろ渡さないほうがヘン!」

 唇を尖らせて僕をちょっと叱る姿も可愛らしい久慈川さん。困ったように笑う僕を見て、眉尻を下げてしまう。

「なにが問題? 先輩だって恋人から貰うのが一番嬉しいはずだよ」
「……僕も渡したい、けど」
「けど?」
「……自身への劣等感が邪魔してくるんです」

 まったく女らしくない、僕。
 あの人は校内でも知らない人はいないであろう有名人で、女子からの人気も高い。今ごろたくさんのチョコレートを貰っているに違いない。そんななかに自分のチョコレートがあることを想像すると、惨めな気持ちになった。可愛らしいラッピングのなかに埋もれる素っ気ない青いギフトバック。性別を偽るように振る舞ってきた僕自身がまさに表現されているように強く意識してしまい、あまりにいたたまれない。らしくないことなんてしなければよかったと後悔している。

「直斗くんは可愛いよ」
「そんなことないです」
「本当だよ? 自分の魅力に気づいてないだけ。すごくもったいないことしてるのに、全然わかってない」

 真摯な瞳と、その力強い声にたしなめられると、本当にそんな気さえしてくるから、困る。……先輩の傍にいるべきは、彼女みたいな女性だと……思う。いつだって。

 そろそろ教室から人も減ってきた。ひとつ残されたギフトバックをしまい、自分も帰ろうとカバンを持つ。

「直斗」

 そこで耳慣れたあの声が聞こえて背筋が緊張した。
 振り返らなくてもわかっているけど、確認する。あの人、一之瀬さんは、僕をまっすぐ見つめて「帰ろう」と微笑んだ。
 僕がひとりでさっさと登校したことを気にしたふうのない、いつも通りの迎え方で少し安心する。しかしすぐに動けない。この時間が最後のチャンスである反面、躊躇してしまった。

「……あー、もう」

 久慈川さんがなにを思ったのか一歩を踏み出して身を乗り出す。そしてそっと耳打ち。

「――……」
「……え?」

 そして「じゃあね、また明日」と軽やかに身を翻すとさっさと教室から出ていってしまう。ちょっと小悪魔的な笑みと甘いコロンの香りに装飾された、言葉を残して。




 帰り道に他愛もない話しをする。花村先輩がどうした、里中先輩と天城先輩がどうだ、とか。しかし会話がハッキリと頭のなかには入ってこない。久慈川さんのセリフの真相を知りたくて、さっきから様子をうかがっていた。しかしなかなか言い出せない。

「直斗」
「! はい」
「調子悪い?」
「え? いや、どこも悪くありませんよ」
「じゃあ、考え事? 仕事で切羽つまってるとか」
「いえ、そうじゃなく……久慈川さんのことでちょっと……」
「直斗」

 言いよどんでると、セリフを割るように先輩は僕を呼ぶ。そして真剣な顔で、続けた。

「キスしていい?」

……。

「えぇっ!?」

 唐突な申し出にすっとんきょうな声が出た。全身が急激に熱くなり特に顔は火がついたみたいな勢いだ。自分でも恥ずかしいほど狼狽えたことがわかる。それを見て、先輩はククッと喉を鳴らして笑う。

「な、なん、な、ななんでっ」
「あえて言うなら、今日だから?」
「い、意味がわかりません!」
「んー、まぁ、今隣にいるのは俺なので」

 自然な動作で僕の手を握る先輩。優しい眼差しで見つめられて、心臓がとくんと跳ねた。

「考えるなら、俺のことで頭いっぱいにしてほしいかな」

 なんてね、と冗談のように付け加える。繋がれた手に引かれて、歩き出しても鼓動は早いテンポでリズムを刻んでいた。それにしたって反則だ。……この人は意図も簡単に僕の心を乱す言葉をさらりと告げてしまう。
 あまり言葉数が多い人ではないけれど、ひとつひとつの言葉が胸に響いてくる。不思議な人だ。とても不思議で、こんな人みたいになりたいと思った。そしてそんなところに、惹かれた。

「……先輩、あの」
「なに」

 僕も想いを言葉にしようと必死になるが、そうそううまくいくものではない。
 しかし先輩は、僕の言葉をしっかり聞いて理解しようとしてくれる。ただ頭ごなしに否定はしないし、違うと思うことははっきり指摘してくれる。すべてを、自分の物差しだけで図りきろうとはしない。だからこそ、最後まで向き合おうと思える。

「今日、バレンタイン、ですね」
「そーだな」
「……誰からも受け取ってないって本当ですか」

 久慈川さんが帰り際に言った。
「先輩、誰のチョコも受け取ってないってよ。私たちも事前に拒否されちゃってたし」
 深く追求する暇なく帰られてしまったので、先輩に真相を尋ねるほかない。
 確かに先輩の荷物はいつもと同じ指定カバンだけで、今朝遭遇した女子の紙袋もない。カバンのなかに入っている、もしくは校内で食べた、という可能性だってあるから、確認してみるしかないのだ。

「……りせか。口止めしておいたのに」
「じゃあ、本当なんですね」
「まぁ、うん」
「里中先輩も」
「うん」
「天城先輩も」
「もちろん」
「久慈川さんも」
「誰からも貰ってないよ。明日受け取ることになってるけど。直斗の分もあるってさ。その3人は明らかに手作りだったから食べる場合は注意するように。花村と完二が瀕死になってたし……」
「なんで今日貰わなかったんですか」

 先輩は少し口をつぐんだ。そして「……なんでって言われてもな」と呟く。表情が見えないが、困ったように苦笑いしてるのはすぐわかった。それでも問わずにはいられない。

「僕の下駄箱や机にだって入ってたのに、先輩にないなんて『ありえない』です」
「その推理は成り立たないんじゃないかな、名探偵くん」
「先輩たちや久慈川さんのも受け取ってないようですし、それに今朝だって」

 そこで今度は僕が言葉がつまった。同時に足が止る。先輩が振り返って目をまんまるくしていた。

「待ち合わせ場所、来てたのか」
「……すみません」
「謝ることじゃないよ。……そっか、今日の様子がおかしいのって、そういうことか」
「……なんで、受け取らなかったんですか。せっかくの好意なのに」

 頬をかいて「願掛けかな」とちょっと困り顔で気恥ずかしそうに、笑って呟く。

「本命から貰えますように、って」

 その言葉を聞いて、頭が一瞬、真っ白になった。先輩に期待されてたこと、楽しみにされてたことが、嬉しくて。

 今なら渡せる。奮い起った気持ち赴くまま、カバンから慌ただしく取りだしてみると、狭いなかにあったせいか包装はくたびれてしまっていて、さらに渡すことへの勇気が高まるブツとなっていた。
 しかし今は勢いが勝り、突きつけるようにそのプレゼントを渡していた。

「……え?」
「渡しそびれてました……そ、その、受け取ってもらえますか」
「……直斗の?」
「そ、うです」
「手作り?」
「は、初めて作ったお菓子なので、ぱさぱさしてるし、美味しくないかもしれません。でも味見した僕が腹痛とか起こしてないので食べれるはずです。先輩の味の好みを考慮でなかったので、甘すぎず苦すぎずを意識して無難な味ですけど……」
「手作り? 直斗の? 手作り?」
「だ、だからそうだって言ってるじゃないですか」

 そう言い終わるや否や腕をひかれて、視界が悪くなる。……抱き締められてると認識するまで、数拍かかかった。

「ぇ、ちょっと、先輩ッ?!」

 道端で、いくら田舎町で人通りが少ないといってもこんな状況になっているのはさすがに恥ずかしくて抵抗してみるが、びくともしない。

「ありがとう、直斗」
「ぇ……?」
「すごく嬉しい」

 ただ、僕は思い出を作りたかった。それだけだから、先輩に、感謝されることじゃない。勝手に思い立ち、勝手に作って、勝手に悩んだ。それだけなのに。

 抱きしめられる腕から伝わる感情が痛いほどで。そんな言葉や想いをくれるから、唐突すぎる行いも、心を乱す言葉も、なにもかも受け入れてしまいたいと切ないほど思う。先ほどまでの悩みが音もなく消えていく。そのまま腕の中におさまってると、なにも言う気が起きなくなってくるから、本当に不思議な人だ。

「直斗」
「……はい」
「キスしてくれないか」
「っ……」




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バレンタインSS。よくみるとわかりますが、更新日はVD過ぎてます。……大丈夫、ようは気の持ちようです。そう自己暗示して書きました。

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