NOVEL  >>  Short story  >>  ペルソナ4 

Endless End
更新:2012/03/22
修正:2012/03/26
「俺、実はタイムリープしてるんですよ」

 唐突なそのセリフに、足立は一瞬ポカンと呆気にとられた表情をしたと思えば、すぐに胡散臭いと言いたげなしかめっ面になった。

「その顔は信じてませんね」
「いきなりしゃべりだしたと思えば、話題がそれじゃ普通は面喰うよ」

 テレビのなかへと足立が逃げ込んだ。それを追い、ひとりたどり着いた一之瀬。死闘の末、足立が仰向けの状態で銃口を一之瀬のノド元に当てている。一之瀬は馬乗りで獲物である刀を足立のノド元に同じく当てていた。引き金を引く、あるいはほんの少し刃を滑らせれば終わるという一触即発の張りつめた空気のなかでそんな発言されれば面を食らうか、気をそらすための意味を持たない言葉と思うだろう題材だ。

「この話をするのも何度目かな。足立さんはいつだって信じてくれませんでしたし、意味もないとわかってはいるんですけど、しゃべらずにはいられないというか」
「僕は知らないし。どうでもいいし」
「俺は知ってるし、どうでもよくないです」
「この状態わかってる? 引き金引けば、キミはお陀仏なんだよ」
「そうですね。しかしある実験の話ですが、どこかの犯罪者はギロチンで首を跳ねられ処刑されたとき、名前を呼ばれた際に生首の状態でも数度瞬きを繰り返したそうです」
「つまり?」
「俺もこの刃であなたのノドをかっ切るまではただ死んだりしません。前にもそんな状態になった時にちゃんと足立さんを道連れにしましたから。というわけでも少しお話しましょう。お互い死ぬにしてももう少し長らえたいじゃないですか。そうでしょ?」
「ブラフはもう少し現実味を持たせないと」
「じゃあどうぞ射ってください。……どうしたんですか。さぁただその人差し指をカチッとひくだけですよ。下手くそなブラフだと思うならさっさと射ち殺しちゃってください」
「……キミって、前から思ってたけど」
「『電波ちゃんだよね』ですか。それとも『宇宙人』? 前のこの場所で足立にそう言われましたけど」

 足立は押し黙る。自分の言おうとしたことを先に言われてしまって。
 一之瀬は愉快そうだった。唇を少しだけ吊り上げると、嬉々とした声色で続ける。

「今は何週目だったかな。数えるのをやめたのは16週目……いや、17週目だったかな。もうそれすらあやふやで、自分が何歳かときどき忘れます」
「じゃあキミは僕より年上なわけだ」
「残念ながら永遠の17歳です。女装も無難にこなせるピッチピチの男子高生です。しかし精神年齢はどう考えたって俺の方が上ですよね」
「言ってろクソガキ」
「じゃあお言葉に甘えて続けます。一之瀬恭平、瀬多総司、月森孝介、鳴上悠……名前はたびたび変わりました。外見はそこまで大差ないけど、ただ『俺』という存在はここにあって、ペルソナを手にいれ、仲間たちは集まって……最終的には、あなたを捕まえる」

 それまでにもいろいろな終わり方がありますけど間違えなければそこにたどり着けます、と小さく付け加える。

「そして2012年3月21日。電車に乗り、俺は八十稲羽を後にする……トンネルを抜け光に視界を塞がれ、次に目の前に広がる光景は駅のホーム。辺りを見回すと一年前立ってた都内の駅の雑踏です」

 視線は一瞬たりとも足立から外されていないのに、どこか遥か遠くを見つめるようにその瞳が微かに揺れる。

「最初はなんの疑いもなく電車に乗って八十稲羽に向かい、なんだか既視感を感じただけだったんですけど、叔父さんと菜々子に会い、とてつもない違和感が心に居座ってるのに気がつきだして……そして思い出す。……その瞬間はいつも同じ場面なんですが、どんな時だと思いますか」
「見当もつかないね」
「どこかのヘタレ刑事が現場でオエオエ吐いて上司に怒鳴られてるときです」
「言い方が感にさわる」
「別の言い方をすれば、初めて足立さんを見かけたときですね。その姿を見て、回線が全部繋がったみたいに、スイッチがバチッと入った音さえするような衝撃がくるんです。そして知る。同じ『2011年』を繰り返していると」

 現実的でないその話を聞いて、まず信じられるわけがない。しかし一之瀬は仲間たちに見せる優しい笑みのまま語る。その目の奥底に隠された狂気をひた隠すような柔らかい笑顔は、まるで仮面のようだった。

「1年が積み重なっていく。もう一度やり直せる」
「なにをやり直すのさ。誰も死なないようにとか?」
「それも考えました。でももう俺の記憶が戻ったときには山野アナはもう吊るされてます。じゃなきゃ某キャベツ刑事は吐いてません」
「キャベツ刑事ってなんだよ。いちいちムカつくな」
「吐いたあとに笑ってましたよね、足立さん」

 足立は答えなかった。それは肯定としかとれない沈黙。普通であれば神経を疑われるようは行為だが、一之瀬は責める素振りすら見せない。ただ笑う。仮面を貼り付けて。

「俺は泣きましたよ。風呂場でひとり、吐きそうになるぐらい」
「……わけわかんないんだけど」
「結局、何度『1年』を続けても、犯人はあなただ」
「……」
「俺は犯行を止める手立てを模索しました。 また1年、もう1年。いろいろやりましたよ。そりゃもう考えられる可能性をやれること全部。次こそは間違えない。次こそは、次こそは。……そうやって積み重ねていった。でも、何もかも結末は同じです。犯人はあなたで」

「俺はあなたの傍にはいられない」と、先ほどの仮面は簡単に剥がれ落ちて、いつ泣き出してもおかしくないような顔で弱々しく呟いた。

 ふたりは身体の関係があった。しかしけして付き合ってるというわけではない。
 あまりに生意気な態度をとった一之瀬をこらしめるつもりのイタズラがエスカレートし、日々の鬱憤や激情のまま暴力的に抱いた。その後、一之瀬は怯えることも避けることも誰かにその行為を訴えることもしなかった。嫌味をネチネチと繰り返すぐらいで、足立を堂島家にあげたし、彼の家にあがり部屋の片付けや料理を作ったりもする、『身体だけ』では片付けられない妙な関係を作り上げた。
「頭おかしいんじゃない」と足立は言って「そうかもしれませんね」と一之瀬はさらりと認める。田舎町で風俗もないそんな場所だから、性を発散するのにちょうどいいであろう、その頭のおかしい高校生を追っ払うことも追及することも、足立はしなくなった。
 どちらも甘い言葉なんて求めることも発することもなかったのに、今の一之瀬の表情が切なさをひしひしと訴える。

「いつしか気がついた……いや認めたんです。この2011年でしか、俺は足立さんと一緒にいられない。だから繰り返すことにした。読んだことのある本の結末への道筋を何度もたどるように。結果が最悪でも、過程が魅力にあふれてているから」
「……キミって、本当に僕のこと好きだったの?」
「好きですよ。まさか、気づかなかったわけじゃないでしょう」
「まぁ、面倒くさいから意識的に気づかないフリはしてたかな」
「悪い大人ですね」
「大人ってそんなもんだし。でもそんなヤツが好きなんだろ」
「そうですね」
「趣味悪い」
「まったくだ」
「……もし、そんな『1年』があるとして」

 足立は血の味がする唾液を一度飲み込む。そしてできるだけ相手を挑発するように唇を歪めた。

「それは異常だ」
「ですね」
「それを受け入れたキミも異常だ」
「手に入れた力は使う。足立さんだってそうでしょ。じゃなきゃ山野アナも小西先輩も死なずにすんだ」
「まぁ、その通りか。……しっかし、飽きない?」
「なにがですか」
「1年を繰り返して、世界救って、ヒーローごっこしてるのが、楽しい?」
「足立さんに会えるからやってるんですよ。さっきからそう言ってるじゃないですか。もうその歳で老化が始まってるんですか」

 当然のように告げた言葉も挑発もまともに取り繕うつもりはないのか、足立がいい加減話しに付き合うのが面倒くさくなったようで、深々と大きく暗いため息をついた。

「何十回? 何百回かは知らないけど、僕との殺し合いしてて、まだ続けるわけだ」
「今のところ、このループから抜けたいとは思ってません」

「足立さんのこと、どうでもよくなるまで続ける気です」と泣きそうな顔のまま笑う。先頭に立ち、戦術を指示し、誰よりも冷静であろうとするリーダー『一之瀬恭平』の、いつもの大人びた雰囲気とは違い、それはまるで幼子のようにあまりに純粋さを醸し出していた。

「馬鹿なガキ」

 足立はその一言を吐き捨てるように呟くと、ノド元から銃を下ろし、まるでオモチャに飽きた子どものようにぞんざいにそれ投げ捨てた。そして次に驚かされる番をとなった一之瀬は沈黙する。

「どーかした?」
「…………銃、捨てられるのは……初めてで」
「そう。何事も初めては貴重な経験だ」

 心にもないこと呟いて、首筋を寒くする刃物を掴む。ビクッと過剰なほど身を震わせた一之瀬を見つめながら上半身を起こした。彼はどうするべきか決めあぐねいているのか、固まったままだ。ただしっかりとその獲物を握ったままなのは緊張と警戒の現れなのだろう。

 でも、それじゃあ隙だらけだよ。  足立は何通りかの反撃を無意識のうちに考える。顔面殴打、首を締め上げる、などさまざま。そのなかで、ひとつを選び実行することにした。

 傷から血がにじむと美しいコントラストで映える真っ白な頬、砂ぼこりで汚れた日本人の地毛からすると異質な色の灰色の髪、ふにゃふにゃとイタズラに触れてみて、感覚を堪能する。

「(男だから、筋張ってて固いのに。落ち着く。なんでなんだか)」

 その気持ちを知っていたけど、そんなものは知らない・見ないと決めつけて、思考の最層へとぶち込んだ。
 そして、身体を動かし、抱きしめたような形だが、膝の上に一之瀬が乗っているような状態なので足立がしがみついたという表現が適切なのかもしれない。お互い顔は見えない。ただ息を飲みこみ早鐘を打ちだした一之瀬の心臓の音を感じとった。足立はどうだったのか、自身ではわからない。
 そのままなんのためらいもなく唐突に突き飛ばす。立ち上がって、尻もちをついて呆気にとられた顔でこちらを見返す一之瀬を目の端に入れつつ、銃をどうしようかと一瞬だけ考え、もう持つ意味はないなとそのままにすることを一瞬で決めた。

 崖近くまで歩き、振りかえる。

「(ここまでくれば、結末は一緒。キミの求める『終わりのない終わり』まであともう少し)」

 そう思いながら浅く息を吸う。遠くに一之瀬の仲間たちが走ってくるのが見えて、深く長く息を吐く。そして一之瀬に目を向ければまだへたりこんでいて、間抜けなその様子に素で笑いが出た。

「(どうやら、キミは自分だけが記憶を引き継いでいるように思っているようだけど、実際は違うんだよねぇ)」

 足立も、この2011年を何度も続けていた。一之瀬に気づかれることなく騙せたところを見ると自分の演技もなかなか様になっているのだなと確信し、出し抜くことかできた優越感で気分が良かった。

 ここは、自身が作り出した幻や夢に違いないと足立は決めつけた。
 何度も何度も巡りめぐって、きっとこれは自分の罪を自覚し続けるための拷問なのだと。これは幻影とか夢の世界で、なにもない自分が何度も繰り返し罪と罰に打ちひしがれるために用意された舞台なのだと。

 そこに、希望があった。

 突き落とす高さが高ければ高いほど、受ける衝撃は甚大になる――それと同じで絶望を色濃くするための存在だと、足立は警戒した。希望は危険だ。一度手にしてしまえば無くしたときの喪失感はどんな痛みより耐えがたい。だから足立はもとよりそんなもの欲しがることをやめていた。期待もせず、誰にもなにも望まなければ裏切られることもない。悲しまずにすむためなら、幸せなんていらなかった。
 しかし堂島遼太郎は、堂島菜々子は、そしてこの一之瀬恭平は、光をチラつかせた。ぬくもりを少しでも分け与えてきた。足立はなにもないところから、なにかが生まれてしまうことを恐れていたのに。とくに一之瀬はお節介で、偽善者で、気を疑うほどお人好しだった。
 だからなのか、一之瀬との会話の最中で神経を逆なでされたことがあったとき、メチャクチャに扱ってやったことがあった。いつもはヘラヘラと笑い道化を演じられたはずなのに、感情が爆発して抑えきれず、人間としての尊厳を奪うようなことだって平気でした。
 その後、一之瀬はいつも通りなにも変わらないふるまいを見せていて、それがさらに癪に障り、その『普通』を歪ませてやりたくなって。
 それから何度も脅して、幾度と騙して、何遍も汚した。
 しかし希望かれは堕ちなかった。そしてあろうことか、いつまでも足立の傍にあろうとした。

 求められていることを知って、ぬるい感情がこみ上げる。今まで味わうことがあまりない、温かさがこそばゆい。そのとき初めて『これが現実なら良いのに』と心から願った。
 しかし自分は空っぽであることは変わらない、変われない。犯罪者であることも、また然り。そして捕まってしまえばもう一之瀬の傍にいられない。

 だから、続けるのだ。世界のシナリオ通り、犯行を続ける。一之瀬が足立にたどり着くまで。

そうすれは、いつまでも繰り返せる。

ふたりが望んだ通りに。




Endless End
( ) ( )
pixivに置いてあるのは『足立=絶望』として書いたんだが、調べていくうちに『足立=虚無』と知って慌てて修正。pixivのはそのままにしてあります……恥ずかしいけど……。
何十回、何百回と『一年』を繰り返したら、わけんからなくなるだろうな、と。某シュタゲの影響で怖い考えしか思い立ちません。某シュタゲ最初にプレイしたときのあの背筋が凍る感じ大好き←

互いに同じ時間を共有したくて惹かれて傷つけてそれでも求めあうふたりってのを……書きたかったんだけど、あれれー?ニホンゴムズカシイネ。

ふたりの願いが世界の理を形成してしまったなんて壮大なこと言うつもりじゃなくて、かみ合わないふたりの歯車にイザナミさんがちょっと手加えたら堂々巡りしだしちゃったみたいな。
ちょっと足立のこと小馬鹿にした主人公意識してみたら、けっこう面白くてべらべらしゃべらせちゃったい。大人のふるまいができる子どもである主人公と大人のようで子どもだけどやっぱり大人な足立。

NOVEL  >>  Short story  >>  ペルソナ4 
Endless End Copyright © 2012 .Endzero all rights reserved.