NOVEL  >>  Short story  >>  ペルソナ4 

あの犯人が望んだ、世界のように。
更新:2012/04/23
修正:2012/05/21
「俺、好きな人いるんだよ」

 突然のカミングアウトにミートボール落としてしまった。ああ、もったいねぇ、と露骨にしょげた顔をする花村に彼は自身の弁当を差し出す。「さっすが相棒!」なんて煽てつつ、なんのためらいもなく箸を伸ばして同じミートボールを頂戴する。どちらも一之瀬の手作り絶品弁当である。

「おーおー、春ですねー」
「今夏真っ盛りだけどな。炎天下のなか屋上で昼飯って頭ボーッとしてくる……教室に戻らないか」
「教室だと里中からお前の弁当を死守できない。日陰だし、風が少しでもあるぶんマシと思ってくれよ。まぁそれは置いといてさ、で、誰よ誰よお前のハートを射止めたお相手は」

 ギラギラと照る太陽のせいで屋上に人の姿は皆無であるから、色恋沙汰に花咲かすにはもってこいの場所だ……気温やら湿度やらを気にしなければ。暑さに少し参っているように目を細める一之瀬だったがそれ以上の反論をするつもりはないらしい。話を続ける。

「花村も知ってる人」
「マジで。学校のやつ?」
「いや」
「バイト先の人とか? あ、でもそれだと俺知らないな。歳は?」
「上」
「あらま、一之瀬くん、年上好きだったのー? 女子組にアプローチ受けてもなびかないわけねぇ」
「そのしゃべり方キモいよ」
「あっヒデェ!」

 などと茶々をいれつつ、ふたりとも合間合間に弁当をつつき食べ終わるころには、候補が潰えた。

「これ以上、年上で俺とお前の共通の知り合いいなくね? ……あー、わかんね。誰だよ」

 降参、と両手をあげた花村に、一之瀬は「……実は」と言いかけて、止まる。あー、とか、うー、とかうなりながら、困ったように笑う彼。

「……うーん……」
「なんでお前が首傾げるわけ?」
「……ちょっと勇気が足りないようだ」
「なんじゃそりゃ」
「また勇気MAXになってから出直してくる」
「えーっなんだよそのわけわかんない寸止めはー! 気になるじゃねぇかよ教えろー!!」

 ちょうど授業開始五分前の予鈴が響き、一之瀬はさっさと弁当をしまうと逃げてしまった。花村も後を追う。――そんなやりとりをして、戯れて、過ぎた時間。

 夏の不快な暑さが終わって、秋の乾いた風が通り過ぎて、冬の痛い寒さが向かえにきて、春の心地いいぬくもりはまだ遠い、そんな日のこと。





 花村は寒空の下、堂島邸の前に立っていた。
 今し方、クリスマスをムサい男4人で過ごして解散したばかりだったのだが、同居しているクマを先に帰してここに戻ってきていた。
 インターフォンを鳴らす。確かめたいことがあって。

 一之瀬が今まで想い人にアプローチをして、何度告白しても相手にされないということを少しだけ聞いていた花村は、こんなイベントごとだから強引にでもクリスマスはその人ときっと過ごすものだと思っていた。
冷やかしついでに誘ってみたメールの返事が応と返ってきたときは少なからず驚いた。
 家に上がりそれなりに騒いだ途中、飲み物を冷蔵庫に取りに行ったときだ。花村はこっそり訊ねた。「想い人は今日仕事なのかもしれない」とか「この後会うつもりなのか」とか、からかうつもりで。

 一之瀬は飲み物を取り出し、向き合うと首を横に確かにふって、静かに告げる。

「もう、きっと会えない」

 そのまま儚げに笑う彼は、呆然とする花村の横を素通りして部屋に戻ってしまった。その後はさっきのことなんてなかったみたいに、いつも通りの――馬鹿をする者をやんわり諫めたりノリよくボケたりの調子で、聞き返すことができなくなっていた。
 まるで一枚の薄い膜でも張られて、それに拒絶が見えた。それが嫌でもすぐわかっていた。だからこうやって戻ってこられたら迷惑だったかもしれない。ウザがられるかも、とも考えた。

「……いや、アイツは俺がウザいなんて前から知ってるし」

 そう自分以外が言ったらヘコみそうなことを言い聞かせて、ここまで戻ったのだ が。
 先ほどから一向にドアが開く気配がない。それ以前に、家のなかから物音一つし ない。
これは完全な拒絶だろうか、と涙目になりつつ、ドアに手をかけるとするりと開いた。鍵をしていないことに気がついて、悪いかもと思いながらスライドさせる。これでなにも反応してもらえなかったら帰ろう、と心に決めて声を張った。

「おーい、一之瀬ー……」

 蛇口から流れる水の音が微かに聞こえた。洗い物でもしてるのだろうか。それに しては、なんだが聞きなれないような音も一緒に耳に触れてくる。

「……一之瀬?」

 ――誰かが、えずいてる。ただそう理解した。
 そしてこの家に今いるのはただ一人だけ。となれば、導き出される答えは。

「おい、入るぞ!」

 靴を脱ぎ捨て駆け込む。台所に、彼はいた。流しにしがみついて、せき込んでる一之瀬。独特の刺激臭がしたが、臆することなく近寄って、声をかける。

「平気か!? 救急車呼んだ方がいい?」

 一之瀬は何度かえづきながらも、小さく首を横に振る。吐しゃ物には先ほど食べた手作りの料理が消化されることなく吐き出されていた。口からは胃液と唾液が混じって垂れ流がされている。
苦しそうに涙もボロボロこぼしている彼をどうしたらいいかわからず背中をさするすかできない自分のもどかしさに打ちひしがれた。




「悪い……」
「いいって。無理すんな」

 もう吐いてもいても胃液すらでないような状態までなって、ようやく少し落ち着きを取り戻した。処理は花村がして、部屋の換気も済ませて、様子を伺う。差し出したコップの水を彼は唇を濡らす程度舐めて、返す。まだ吐いてしまうかもしれないと危険視してからのことかもしれない。
 テーブルにそのコップを置いて、テーブルの上にあるケーキにふと気がついた。
 一之瀬を寝かしたソファーから見て、右側に一口だけ食べ残されたそれと、真っ正面のテレビ側にもうひとつ。そちらは切り分けられているだけで手はつけられていない。
 先ほど、男四人で食べていたケーキとは違う。一之瀬の手作りケーキはフルーツがふんだんに乗せられていたタルトだったが、こっちはスポンジに生クリームのケーキ。
 この光景が指す意味を、花村はわからなかった。
 しかし辺りを見回して、こんなところで一之瀬は過ごしていてはダメだったということがわかった。誰もいない家。先ほどまでは数人いたから気がつかなかったが、そこは凍えそうなほどの静寂だけが鬱積している。遼太郎や菜々子がいない生活を、こんな寒々しい心が凍えそうな空間で過ごしていたなんて、想像していたよりツラい日々だったろうと思った。

「なぁ、一之瀬……ツラいこと、俺に話してくれよ。ほら、話せば少しは楽になるかもしれないし」

 土気色した顔色の一之瀬は天井をただ見上げてた。いや、瞳が虚ろだから、天井すら見ていなくて、明確なものなんてその目には映ってないのかもしれない。それは目を閉じる以上の拒絶の色を色濃くのぞかせているように感じる。

「……事件も終わって、そのことで悩む必要なんてなくなったしさ。余裕ができた……っていうのもヘンな話だけど……お前が抱えてるもん、少しでも減らす助けになりたいんだ」

 それがわかっても、花村は引くわけにいかなかった。
 もう犯人は捕まった。もうすぐここに住人が帰ってくる。しかしそれまで、彼がこれほどの空間で耐えて続けていたことは、どれだけ苦痛なものだったのか。――それを感じ取った今、一之瀬をこのままにするなんてできなかった。いつだって仲間がツラいときに手を差し出してくれた一之瀬を放っておくことができるわけがない。

「……あの人、そこのケーキおいしいって言ってて」

 花村の想いに応えてなのか、ぼそりと一之瀬は青い唇が動いた。花村はいったんは一安心しつつ、真剣に耳をそばだてる。
「都内の店だったから、通販で買ったんだ。ただ、どのケーキが美味しいって教えてもらってなくて、定番中の定番だし、あの人、甘すぎるの嫌いだったし普段はダメだけどここの店の生クリームなら食べれるって言ってたから、だからそれを予約したんだ。一緒に食べれなくても、家まで届けようと思って」

 普段は聞き手に回り、冗談もそれなりに言うものの自分から話すときはあまり口数多いほうではない一之瀬が早口でつらつら語る。
小さな子どもが言い訳するときのそれに似ていると、なぜかふと花村は感じた。

「『クリスマス、一緒に過ごしましょう』って言ったのに、返事してくれなくてさ。いつもそんなもんだから、プレゼントなんてまったく期待しなかったし、ただ、一緒にいてくれたらそれでいいな、って。それだけだったのに。それ以上なんて、望まなかったのに……」
「……好きな人、もう会えないって言ってたけど、どういうこと?」

 言葉を詰まらせ、腕で目のあたりを覆う一之瀬に問えば「……俺のせいで、あの人はこの十八稲羽に居られなくなる」と絞り出された、小さいが確かな叫び。悲痛なそれに、泣いてこそいないとは思ったが、どこまでも小さく儚い存在になっていて、このまま消えていってしまう気さえした。たまらず「結局、誰なんだよ。お前をそんなにまでした人」

と聞けば、一之瀬のノドがかすかに動く。そして腕を退かした――やはり泣いてはいない――花村の目を見た。いつだって真実をしっかりその目に焼き付けてきた意志の強さがうかがえる、まっすぐな瞳が――スッと泳ぐ。
そして青ざめた唇が微かに震えた。

「……とー、る……さん」
「え?」
「……あだ、ち、とおる……さん」

 その言葉に理解が遅れること、瞬刻。
 『 あだちとおる 』  花村はその名を口の中で復唱した。今聞いたのは、一之瀬の想い人のはず。

 しかし今、口に出されたその名は、二人の女性を間接的に死に陥れ――先日、自分たちが追いつめた殺人犯の名前だった。

「……花村には、言おうって思ったんだけど……言えるわけなかった。……もっと早くに言ってれば、今以上に言いづらくならなかったのに……俺はバカだよ。透さんが人を殺したのに気づいて、どうしよもなくなった」

 わけが分からず、息が詰まる。
彼がなにを言っているか、必死に解読しようと頭を働かせるが、言語が違う人種に一方的にまくし立てられているかのように、茫然としてしまった。

「……俺の好きな人が、小西先輩を殺したんだ……なんて」

 小西先輩、というワード。小西早紀。花村が想っていた、一つ上の先輩。その単語が琴線に触れ、反射的に身体が動く。腕を伸ばして一之瀬に掴みかかろうとした――しかしそれは叶わなかった。寸前で思いとどまる手。行き場をなくして、強く握りしめて床に思いっきり落とした。一之瀬は口を強く結んでいる。

「……お前……なんで………あんな、や……つ……だって、あんなに、あんなに冷静で……!」

 怒りとか疑問とか戸惑いとか全部、全部ひっくるめて、彼へぶつけるように吐きだすのに、上手く言葉にない。唇を強く噛みしめる。一之瀬はいつだって冷静だった。

 雪の降る中、愛屋の前で犯人の名をあげたときも。
 病院で尋問したときも。
 テレビのなかへ追いかけていったときも。
 対立し、死闘を繰り広げたときですら。
 いつもの『一之瀬恭平』……特別捜査隊のリーダーだった。――そうとしか、思えなかった。

「だって、俺……リーダーだよ」

 このとき初めて、無表情の一之瀬を花村は目にした。いつもツラい状況下に立っても、皆に心配をかけまいと完璧に表情を作ってみせ、安心させるように微笑む彼だったからこそ、それは衝撃的な光景だった。

「リーダーはしっかりしないと、だろ」

 その言葉に愕然とする。
 彼は絶対に期待に応える。そういうヤツだと、この一年にも満たない関係ではあったが、知っていた。熟知していた。相棒と呼ぶほど、心友と誇れるほどの相手だというのに。
 ――冷静でいることを強要したのは、自分だったのだ。

「花村は悪くない。俺が隠してたんだ。気づかれないように、振る舞ってた。チャンスすら与えなかった……なんにも悪くないよ、花村。なにもかも悪いのは、あの人で、とてつもなく愚かなのは、俺で」

 その声が少し遠い。そして視界が歪んで、一之瀬が見えなくなった。
 まるで霧が濃くなってしまった、テレビのなかのように。
 まるでそれは――





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足主と言いつつ足立さん出てきませんとかね。主人公+花村。
主人公はいつだって期待に応える人なので、いろいろ雁字搦めになってしまいひと りで背負いこんで潰れるんではないだろうか。

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