NOVEL  >>  Short story  >>  ペルソナ4 

なにも始まらないこの稲羽市の1年を願おう
更新:2012/05/18
修正:2012/05/21
*作中、主人公は女性です。それに加えてガラスを割ったり、援助交際を申し出たりしてます。苦手な方は観覧注意。












 八十稲羽での1年がまた始まる。4度目の『2011』年。
 今度こそ、あなたの罪を止めてみせる。


 転校初日、堂島家に案内された私は近所を散策すると言って家を出た。そしてなんの迷いなくバスに乗り、稲羽市の名所として名高い天城屋旅館に到着する。道はしっかりと覚えていた。例の部屋がどこにあるかもすでにチェック済み。大丈夫、そう自分に言い聞かせ、その場を離る。
 夜がきて、夕飯の途中で叔父さんが仕事に出た。できるだけ早く夕飯をかき込み、まだ私とどう接していいか迷っている菜々子に「今日は疲れたからもう寝るね」と行って部屋に入った。これで菜々子が部屋の前で声をかけてきたとして反応がなくても問題なくなるだろう。あの子なら勝手に部屋のドアを開ける可能性は少ない。素早く荷造り用のヒモで編んだロープで窓から降りて、失敬していた自転車の鍵を使い、一気にこぎ出した。雨で視界は悪いが時間に猶予はないから、全速力で向かわなければ。

 未来を変える。だから、だからお願い。間に合え。雨雲で覆われた夜空の下、そう強く願いを込めてペダルを踏んだ。

 バスでもそれなりに時間のかかる距離を自転車で行くとなれば相当身体に応えた。しかも息が上がって、軽くめまいがする。春先に降る雨で寒さがいささか身にしみた。しかし休むことはできない。雨音しか響かない天城屋旅館の敷地内に自転車で乗り入れ、例の場所が見える位置まで静かに移動した。2階角部屋の、街並みが見渡せるそこには明かりが灯ってる。間に合った! そう安心したのもつかの間、明かりがふっと消える。まずい……!? 後先考えず自転車から転がり落ちるて、夜目に入った拳で包み隠せるぐらいの石を掴んで投げつけた。狙い通りの部屋のガラスが大きな音を立てて割れ、それと同時に女性の悲鳴のようなものが上がったのが耳に届く。
 即座に時間を確認して、詰まっていた息が細くもれた。よかった、まだ時間じゃない――しかし安心するには早すぎる。横転してる自転車を立て直してまたがり、逃げた。ごめんなさい、雪子と天城屋旅館のみなさん。そして怪我してたら、山野アナも。

 でも、これで貴女は死ななくて済むんだから、どうか許してほしい。





 天城屋旅館を離れて、鮫川の河川敷にたどりつく。自転車を止めると、東屋のベンチに倒れ込んだ。足はパンパンだし、汗が止まらないくせ、背筋は凍えきってるのに雨に打たれた身体は熱を帯びている。早く帰って温まらないと風邪をひきそうだが、体力は尽きて身体がまったく言うことを聞いてくれないからしばらく動くことを考えたくない。
 気だるい動きで時間を確認すれば、もう深夜を回ろうとしてる。あの時間にガラスが割れた騒ぎが起これば、山野アナはヒステリックを起こして別の部屋を旅館側に用意させて閉じこもるんじゃないだろうか。ちょうど来ていた“あの人”が旅館関係者に見つかれば立ち会いのもとで現場検証でも始めるかな。
 とりあえず、山野アナと“あの人”がふたりきりになる事態が避けられれば、それでいい。
 しかしこの行動の結果は、明日にならないとわからない。これ以上タイムを縮めるのはたぶん不可能だと思う。もしこれが成功しなかったら私のこの手には、他になにが残されるのだろうか……?

「……大丈夫」

 大丈夫、大丈夫……大丈夫。そうやって何度も何度も言い聞かせてきた。そうじゃなきゃ、不安で神経が擦り切れて私は正気じゃなくなってしまいそうだった。

 特別捜査隊なかまには頼れない。これは私だけの戦いだから。

 ……もしまた失敗だったら、事件を解決しながら次の『2011年』のために計画を練れることになる。もっと改善点があるはず。それはそのとき考えよう。今は思考をシャットシャットアウトして、この沈むような疲労に身をゆだねていたい。

「ねぇ、キミ」

 行きより雨脚が遠のいて静かになりつつあるところにポツリと一言、声が聞こえた気がした。疲れで幻聴が、というより夢のなかで呼ばれた声だと認識した。だってそれが“あの人”の声だったから。安堵するにはまだ早いのに、もう“あの人”の声を思いだして安心しきってるなんてお気楽な脳みそだなって苦笑がもれた。

「ねぇ、キミだよキミ。女の子がこんなに時間にこんなところで何してるの」

 肩を揺すられて、思わず飛び起きる。足に力が入らないから上半身だけだが。月明かりの射さないこんな夜でも視界はすぐに輪郭をハッキリと捉えた。“あの人”だ。

「……足立さ、ん」

 まさか、こんなところで会うなんて。心の準備をしていなかったから、やっと落ち着き始めてた心臓が甘い早鐘を打つ。足立透。私の助けたい人。

「なんで僕の名前知ってるのさ」

 怪訝そうな表情を作る足立さん。そりゃそうだ。この『2011年』では微々たりとも顔を合わせてないし、『堂島のところの姪っ子』の存在だってほとんど知らないはずだ。大丈夫、どうにかごまかせる。その前に確認しておけることはしなければ。

「テレビ」

 私に呟いたそのワードに、足立さんは数秒経って「なに? テレビ?」と聞き返してきた。一瞬たりとも無表情にはなっていないし、不審な点は見受けられない。ああ、よかった。なにもなかった可能性が高い。これは少し、今はほんの少しだけ、ホッとしていいのかもしれない。

「なんなの、キミ」
「……昔、地元であなたに犯人を捕まえてもらったことがあるんです。直接会ったのは母だけなので、私のことは知らないと思います」

 足立さんは苦虫を噛み潰したような顔になる。まったくのデタラメなのだが、彼にはきっとバレない。そして深く追求もしてこないだろう。前の『2011年』で「キャリアのころの記憶はできるだけ抹消してるから」と語っていたことがあるから、思い出したくないのはずなのだ。触れよとするたびいつもいやな顔して応えようともしなかったし。

「お話もでないまま足立さんは別の警察署勤務になったって聞いて、もうお礼、言えないのかなって思ってたのに、こんな転校先の田舎で会えるなんて奇跡ですかね。その節はありがとうございました」
「……別に、刑事としての責務だからね」合法で本物の拳銃持ちたかったがために警察官になった人がよく言うよ、なんて思いつつ。笑顔を作る。「で、キミは天城旅館で何であんなことしたの」作った笑顔が凍りついた。

 まいった。まさかよりにもよって足立さんに見られたなんて。
 いつも人に接するとき、仮面をかぶってそれなりに道化を演じる人なのに、今は不機嫌そうな様子を露わにしていることに納得がいった。山野アナに不倫の真相を問おうと会いに行こうとしたら、あの騒ぎだ。知る機会が失われてしまった。そして犯人を目撃したからつけてきたのだろう。さすがに雨が降っていたからにしても車にはつけられたら気づきそうなもだけど、今の私はそこまで不注意だったのか、それとも現職の刑事を甘く見すぎているのか。

「なにかあったんですか」
「あくまでシラ切る気?」

 山野アナのファンが浮気に逆上してイタズラした、で片づいてくれることを期待したのだけど。さてどうするべきだ。
 このままだと警察署まで連れていかれてしまう可能性もある。自分の年齢でこの時間まで外でうろついてれば補導対象だ。しかも署内にはたぶん現場に出てなければ叔父さんがいる。さすがに来て早々問題児と思われるのは避けたい。花村との摸造刀の件より深刻に扱われてしまう。
 どうすれば、切り抜けられる?
 ――あぁ、そうだ。共犯者になればいい。秘密を共有してしまうのが一番じゃないか。

「稲羽市の唯一といっていいほどの観光名所ってことは知ってますけど、どこにあるかも知りませんよ。今日引っ越してきたばかりですもん。でも、私、親戚の家に居候してる身なので夜中にふらふらしてるのバレちゃうと大変なんです。でもでも、ここって田舎だからつまんないじゃないですか。なんにもないし、娯楽だって限られる」

 できるだけ不自然じゃない程度の軽い女を演じる。前の『2011年』の演劇部で鍛えられた表現力がスパイスだ。媚びた色気じゃなくて、どちらかといえば挑発するような視線を心掛けろ。この人はそういう表情が好きだから。そういう女を蹂躙して泣かせたい人だから。足立さんは。

「足立さんも都内からこっちに来たんですよね。なら不満があるんじゃないですか。面白くないでしょ、こんなとこじゃ」
「……」
「だから、私を買いませんか。足立さんだったら、いくらでもいいですよ」

 ――そこまで呟いて、正直、ここまでしなくてもと頭では判断していた。山野アナがテレビに落とされなければ、生田目さんは動くことはない。山野アナが吊るされなければ、足立さんが小西先輩に事情を聞くこともないから、売春をしてるなんて思い違いでテレビに入れられることはない。接触することもなくなる。
 でも、……でも。

「女子高生、好きにできますよ」足立さん、好きでしょ、女子高生。「初回は無料で。その変わりこの深夜に出歩いてたこと黙っててくださいね。今日は帰らないとですけど、のちにたっぷりお礼しますよ」あなたの好きなものはそれなりに熟知してますから。
「……キミが逃げないとも限らない」
「連絡先と住所も渡しますし、心配なら学生証でも預けましょうか。こんな田舎じゃあ逃げも隠れもできないとは思いますけど」

 唇も舌も声も喉も、心の隅にある冷静さがストップをかけようとするけど、まったく歯止めが利かない。笑みすら、別の生き物に成り果てていた。





 堂島家へと帰えってきた。車がないのでまだ叔父さんは帰宅していないようだとわかって、胸をなでおろす。前と同じならまともにこの家に帰るのは3日ほどあとになるはずだ。

 ポストに隠してある予備の鍵――この存在をこの『2011年』の私は知らないはずだが記憶があるので拝借する。自転車の鍵も置いてある場所を知っていたから勝手に借りていった――を使って家の中に入る。もう菜々子は寝ているはずだ。疲労がピークで眠いからさっさと布団に横になって眠ってしまいたい。しかし雨と汗で張り付いた髪がうっとうしく、身体の芯まで冷えているのでお風呂に入りらなければ。
 菜々子を起こさないよう、抜き足指し足で移動して、風呂場に。洗面台の電気を付ける……ってうわ、髪がボサボサ、濡れネズミかつ疲れが目に見えた顔の女が立ってる。これに誘惑されても鼻で笑いたくなるレベルだ。よく足立さん、食いついてきたな。

「それほど、飽き飽きしてたのかな」

 この田舎いなかに、なのか、それとも人生に、なのかは、わからないけど。

 湯船にも浸かりたかったけどそのまま寝てしまいそうだったから熱いシャワーを浴びてさっさと上がる。部屋に戻り、ドライヤーで髪を乾かすとすぐに布団にもぐった。まだ寒い。眠い。疲れた。それしか感想が出てこない。

 またここから1年が始まるのだ。結果は明日に控えているけど、今は楽しいことを考えよう。足立さんは取り引きに応じ、この家まで確認して帰っていった。堂島の表札を見たときのなんとも言えない顔は笑いをこらえるのが大変だったな。さて、あの人のなかで堂島さんの姪っ子と援助交際相手が完全に繋がるのはいつになるのだろう。ちょっと楽しみだ。くくっと喉で笑おうとして、ふと目頭が熱くなった。

 あれ、おかしい。布団を頭までかぶった。菜々子の部屋までは聞こえはしないだろうけど、念のためだ。唇を噛みしめる。嗚咽はみっともない。いやそうじゃないやめろ、バカ。これじゃ完全に泣く態勢を整えてるじゃないか。

 あの人の罪を負わせることなくできたはずだ。喜ばしいことなのに。笑えよ。ようやく、できたはずじゃないか。3度目の正直だ。私はやり遂げた。
 ……そのはずなのに、なんでこんなに悲しいんだろう。

『 連絡先と住所も渡しますし、心配なら学生証でも預けましょうか。こんな田舎じゃあ逃げも隠れもできないとは思いますけど 』

 あなたのために『2011年』を4周もしているような私ですよ。こんな田舎じゃなくても、あなたから逃げられるわけないのに――なんて言いそうになった。そう言えたほうが楽だったのにな、とも思った。

『 足立さんだったら、いくらでもいいですよ 』

 ――そこまで呟いて、正直、ここまでしなくてもと頭では判断していた。山野アナがテレビに落とされなければ、生田目さんは動くことはない。山野アナが吊るされなければ、足立さんが小西先輩に事情を聞くこともないから、売春をしてるなんて思い違いでテレビに入れられることはない。接触することもなくなる。
 でも、でも。
 ――罪を負わせないというのは、つまり、私はもう足立さんを追えないのだ。そうすれば足立さんとの絆は、いとも簡単に断たれてしまう。覚悟していたことだけど、それを思うと魂がひき剥がされるぐらい、怖くて苦しい。こんな最悪な出会い方をしてしまったんだ。これから仲を深めるのはきっと無理だろう。
 だから、せめて虚しい身体だけの関係でも構わないと思ったのだ。それは頭で考えるのでなく、心が決断した。
 この人の罪を回避した対価であり代償。そしてもうこんな関係を構築してしまえば、言葉に出して愛のセリフなんて囁けないともわかっている。声にのせれば、きっとわずらわしく思われ、捨てられるのだから。そんな脆い関係にすがりついた私には到底、許されない。

「好き……足立さん……大好き、です」

 喉に引っ掛かっていた言葉を吐きだしてこれ以上惨めにならないよう奥歯を噛みしめ、身体を丸める。
 もう寝よう。このままの気持ちで眠れれば、夢のなかで足立さんが出てくれそうな気がする。切ない痛みをふりかけた甘美な期待。せみてこんな虚しいひとりの夜に、甘い悪夢を見ることぐらい誰の許しもいらないはずだ。





1
(姿)(1)
 足立さんの罪を止めようと奔走する、4周目だが余裕のないスケ番長。爛れた関係でも繋がっていたいとか、だいたいなんでもこなしてしまうくせこういうところで不器用であったりしないかな、と。

 山野アナがテレビに落とされた日が明確に記載されてる媒体を探してみたんだが、見つからなかったので主人公が八十稲羽に到着したその夜としてみた。最初の電車内でのムービーで山野アナと足立さんがもみ合ってるらしきシーンが挿入されてるけど、あれは本当はいつなんですかね。足立さんは『ロビー』に『夜中』呼び出したとは言ってるけど。

 足立さん視点とか書けたりしたらいいのにな、という願望。
( 20120828:足立さん視点ではないけど、続いたブツ⇒

NOVEL  >>  Short story  >>  ペルソナ4 
なにも始まらないこの稲羽市の1年を願おう Copyright © 2012 .Endzero all rights reserved.