「本当、スゲェよお前って」
「大げさだな。ただのホットケーキだろ」
「こんなのテレビとか、食品サンプルやパッケージでしか見たことないぐらいの完成度だぜ……」
適度な焦げ目がついたふっくら厚みのあるホットケーキを目の前にして花村が唾をごくりと飲む。
菜々子のおやつにと作り、花村が家にくるという連絡を受けてとっておいたものだ。彼女は入れ違いに友だちと遊びに出かけた。
「焼きたてじゃなくてレンジでチンしたものだし」
「でもぺしゃんこのホットケーキを今まで『普通』としてきた俺としては、感動する出来映えじゃん」
「やるからには全力だ」
「お前のそういうところにかける熱意、嫌いじゃないぜ……てか食っていい? もう待てない」
「どうぞめしあがれ。……あ、ハチミツ」
一度、テレビ前のテーブルについたが、ハチミツをもってくるのを忘れてもう一度腰を浮かした一之瀬を制し「作ってもらったし、俺が取る」とテーブルの上にあるふたつ置かれたハニーポットを取って戻る。
そこまではなにも問題はなかったのだが、あとがいけなかった。ふたつともテーブルに置いてしまえばよかったのだが、そのままポットを差し出すと――手がすべった。
「あ」
「!」
半ば受け取ろうという体勢に入っていた一之瀬がすぐさま反応してキャッチしたが、横倒しになったそれからハチミツがあふれる。
「あっ、わ、悪い!!」
「いや、床にもこぼれてないし問題ない」
一之瀬は気をつけながら立ち上がって流しにポットを置くと、蛇口をひねる。自分の手も洗い流そうとしたが……寸前で手が止まった。
「……花村、そっちの棚にハチミツが入ってるからとってくれ」
「お、おう」
なんともそそっかしいミスをしてしまった自分に嫌気を覚えつつ花村が立ち上がり、相棒の姿を見て固まる。一之瀬は水で洗うのではなく手に絡んだその蜜を、まるで猫のようにちろちろと舐めていたのだ。紅くぬめった舌と薄い唇を使って伏し目がちな瞳と日本人特有の色より色素の薄い睫は長くて、やけに色気が満ちていた。
「……」
「……ん、どうした?」
「…………それ、わざと?」
「……」
花村自身、彼が「ただもったいないから。という理由で舐めているのはわかっているのだが、思わず問わずにはいられなかった。この"一之瀬恭平"というやつは自分の魅力の見せ方をわかっているのだ。
最初こそポカンと花村を見ていただけだったが、数テンポ遅れて言いたいことを理解してか、ニヤっと含んだ笑いをみせた。
「なに、花村も舐める?」
「っ」
出された手を見て、たじろぐことしかできなったのだがニヤニヤと仕向けるような相棒の笑みに退くのはなんだかしゃくにさわり、手首を掴んで唇に寄せた。
「うわ、べとべと」
「花村のせいだろ」
「そうだけどさ。……すっげぇ甘い」
指を一本一本口に含み、舌で丁寧に舐めとる。人肌で少しあたたまったハチミツは、かわらず甘いが、背徳さがあった。
上目遣いに表情を盗み見ると、少し蒸気した頬と恍惚に濡れた色をした瞳がかいま見えて、甘ったるい匂いもあいまってめまいがする。
「んっ……。」
「……お前さ、挑発しといてそういう声は反則だろ」
ゾクゾクと背中に走る衝動。我慢できずハチミツにも負けない甘い吐息をもらす薄い唇に口づけすると自ら舌を差しだし、絡めてくる。この積極性が、どうにか必死に押さえ込む理性を意図も簡単に崩しにかかってくる。
「……ホットケーキ、どうする?」
「わかってて聞くなって」
「じゃあ続きは俺の部屋で、な……陽介」
口元にリップ音をたててキスされ、蠱惑的な眼差しを向け、甘えた声で名字ではなく下の名を囁かれたら、もうたまらない。女でもここまで相手を魅了することができる者なんているだろうか、と思うほど一之瀬は自分の魅せ方を熟知し、使いこないしている。
「……俺、いつもお前の思うつぼにハメられてる気がする」
(脱力しながらのその言葉 に恭平は笑う。とても愉快そうに、美しく)(否定しない彼が恨めしく思うと同時に、愛おしい。そんな複雑な心の内にため息をもらしつつ、なんで恭平はこんなにも余裕があるのだろうか、と考える)(そしてそんな余裕を奪える数少ない人間が自分であることを陽介は知っている)