「久慈川さん、女の子同士でキスするのって普通なんですか?」
放課後、一緒に帰ろうとしていて話しこんでしまいもう教室にはふたり以外誰も残っていない。そんななかで神妙な面持ちでそう聞いてきた直斗くん。探偵王子と呼ばれている彼女は最初こそよそよそしい態度だったが、少しずつ個人的な話しもしてくれるようになった。前には直斗くんからすると同年代の私より年上の、それこそ頭が良くてお淑やかな(ときどきスイッチが入るとそんなキャラも崩れるが)雪子先輩みたいな人と仲良くしたいんじゃないか、とか思ったこともあったけど、特別捜査隊のなかでは一番仲が良いと自負してる。女の子らしい生活をしてこなかった彼女に『女の子としての常識』を教えているのも私だ。
「……普通かって聞かれると、どうだろ」
私なりの感想がポロっと唇からもれた。「まぁ友だち同士ならなくはないんじゃないかな」と付け加えるように言う。
「……そうなんですか」
「親しい相手への挨拶というか、だいたいがその場のノリ。じゃれてるだけって感じかな。それがどうかした?」
「いや、前にそういう場面に遭遇したことがあって……ちょっとビックリしたので」
バツが悪そうな直斗くん。たぶんだけど、ふざけあってるだけで相手は気に止めていないはずだし、意識しなくていいと思うんだけど。
「久慈川さんはしたことあります?」
「……ないなぁ」
「そうなんですか?」
「意外?」
「……ちょっとだけ」
「うーん、直斗くんはない……んだよね」
「同性の友人……というか友人自体が限られてるので、そうですね。ないです」
さらっと当たり前のように言ってしまう直斗くん。
正直、わたしはあまりそういうに慣れていない。前の学校ではイジメられていたし、芸能活動中ではそれなりに交遊関係はあって仲の良い女の子ぐらいいたけど、でも『りせちー』を強く意識していたあの頃の友人は"友だち"と呼べただろうか。……ライバル、という意味合いが強かった気がする。気を抜けば追い越される。のしあがるために、神経をすり減らした。それでもファンに囲まれていれば、楽しかったから。
だからあんまり女の子同士の深い付き合いは、ない。というか、知らない。
それにあまりノリでキスするってのも、いい気分ではない。だってあれは試してるのだ。どこまで気を許してるか、許されるのか。ノリでよさ、悪さ。恋の駆け引きとは違って、覚悟もなければ勇気も必要ない。海外なら普通かも知れたいけど、私はそういうキスはあまりしたくない。
でも。
「じゃあさ、私としてみない?」
直斗くんとならしてみてもいいな、と思った。
「……え?」
なんとなく想像していたけど、直斗くんの頬が朱色に染まる。
自分も彼女を試してるのと変わらないので若干嫌気が指したけど、でもこんな考えも変わるかもしれない。私が変われるかもしれないという魅力に負けた。……いや、それだけじゃないけど。
あんまりにも拒否したり狼狽えたら、冗談だよと笑って流してしまうつもりだったけど、少し黙ってからなにやら決心したように頷いた。おぉ、これはちょっと予想外。
「じゃあ、目つぶってもらえますか」
しかも直斗くんからしてくれるとは、ますます予想外。言われた通りに目をつぶってみると自分が想像していたよりも緊張していたことに気がつく。胸が熱くて、ちょっと苦しい。でも悪くない緊張だった。
あとはそのまま時間に身を任せれば、すっと直斗くんの気配が近づいてきて……唇に柔らかい感触。
「……え?」
「?」
ぱっと目を開けた私も不思議な顔していただろうが、直斗くんも負けず劣らずなにもわかっていない顔をしていた。……つまり、その、他意はないということ。
「……ほっぺただと思ってたから、驚いちゃった」
いつもフル活動している彼女の脳細胞は、その言葉を理解するのに少々時間がかかったようだった。表情が崩れた。真っ赤だった肌がさらに熟れて紅く染まっていき、涙目になって口元の筋肉がわななく。
「ご、ごめ……ッ」
飛び上がるように立った直斗くんは椅子が大きな音をたてて倒れてもそっちに気持ちがいかないぐらい、回りが見えなくなっていた。そのままカバンをひったくるようにして帰ってしまいそうだったから、名前を読んで腕に触れる。ビクンと目に見えて身をすくませたのをわかったうえで、引き寄せて唇を、重ねた。
「――――……」
目を見開いたままの、直斗くん。彼女の影に会ったときから思ってたが、猫みたいに大きくてくりくりしてる。瞳の色が薄く青みがかった黒。紺なんて一言ではくくれない、深みある色。綺麗。
そして、すっごくかわいい。
そんなこと思いながら、こんなキスも悪くないなと改めて考える。
「また、明日ね」
にっこり笑ってみせると、また一時停止。虫の羽音ぐらい小さな「また明日」を告げると、ふらふら足取り危なげに教室を出て行った。心ここにあらず。まぁ今心の割合をしめているのは、キスのことで。それはつまり、私でいっぱいということ。
それって、とてもいい気分。
それと同時に、ツラく、切ない。
唇の上なら、
(愛情のキス。でもこの気持ちは)(狂気の沙汰だとわかった)