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私もあの人も、ひとりじゃ生きていけないから。
執筆:2007/05/18
更新:2010/05/23
 鏡の前に立って、ニコっと笑顔の練習……なんてこんな年齢の女のすることじゃないなぁ、と真顔に戻してぐしゃぐしゃと髪をかき上げた。
でも上手く笑わなきゃ落ち込むのは私自身だし、なんて訴えてくる乙女思考にも心底ウンザリする。いつまで私の脳みそは夢見がちでいるつもりなんだろう。――それもこれもきっと、幼い少女みたいに焦がれる恋をしてしまったから。
 顔を思い出そうとするのは、止めた。すぐにだって思い浮かんでしまう彼へこの心を馳せてる間に日が昇るのが幾日かあったのだ。さすがに学習した。ベッドに潜りこみ、身を丸める。最初こそ体温を奪うようにひんやりした寝具は少しづつ私の熱を保ちはじめ夢の中へ連れて行ってくれる……はずだった。妨げるように充電器に差し込んだケータイが一定間隔に短く震える。それを不快には思わない。むしろドキリと馬鹿みたいに心臓が大きく跳ね、そしてそれは内容を確認するまで細かく脈打つものに変わって、私を翻弄。最終的には出版社や担当からの催促の連絡だったりして、裏切られるのが大半。
 でもキラキラと光る画面に写ったのは、何度もみたことのある名前。

『度会一詩』

 嬉しさとか焦りとか、そんな感情が留まることなく満たして溢れて胸がいっぱいになる。そう彼が悪い。私をこんな気持ちにさせるのだから……なんて身勝手ないちゃもん。ベッドから転がり落ちるような勢いでケータイに掴みかかって、深呼吸。通話ボタンを押した。

「はい」
『……俺だけど、寝てたかな』
「ううん。全然」

 軽く溺れかけていたがまだ眠ってはいなかったので嘘のようなホントのような。彼からの待ち遠しかった声を聞いて意識はしっかりと覚醒……してるつもりだけど、コレが夢だったらどうしよう。
 どっちにしても幸せだからいっか、なんて軽く夢見心地な思考でいる自分を罵りたい。

『明日少し遅れるかもしれないから、連絡入れようと思って』
「……律儀に電話で? メールでもよかったのに」

 明日久しぶりに会う約束を取り付けて、でもそれに遅れるなんて連絡寄越されたら、声が聞けて嬉しいのにひねくれた言葉しかこぼれてこない私。あぁもうバカ、呪いたい。

『誠意を表すなら文より声だと思う』
「誠意を表すつもりなら、遅れるべきじゃないわ」

 一拍おいて『その通りだな……善処する』と諦め気味な溜息。くすくす、と小さく笑ってみせたら君にはかなわない、とまた溜息。

「度会くんが口で私に勝てるわけないじゃない」
『……』

 口以外だったら、いろいろ私の負け……全敗だけど。そこで挟まれた質の違う、無言。

「……どうかした?」
『水原さん』

 度会くん、水原さん。
 歳がバレてから歯がゆいけど互いにこんな呼び方が続いている。満足はしてないけど……まぁ、悪くないと内心妥協していたり。

『……やっぱりしっくりこない』
「しっくり?」
『君づけされること』
「……あのね、私の方が年上なんだけど」
『でも素はほくとに近い、と俺は感じるが』
「あんなきゃぴきゃぴしてないわ」
『深層心理はどうだか……まぁそれはよくて』

 また挟まれた間が、なんだか私の心を探っているみたいで、こわい。こんな乙女丸出しな私の心覗かれたら、呆れられると思うし。

『――で呼んでくれないか』
「え? なに?」
『名前、呼んでくれないか』
「…………度会、くん?」
『名字じゃなくて』
「……」

 思考が止まりかかった。それって、……えーと。うーん、と。

「……一詩、くん」
『『くん』はいらない』

 ……うわ、電話でよかった。ホントによかった。今の顔みられたらしばらくどうからかわれるか、わかったもんじゃない。それぐらい頬も頭も熱を一気におび沸騰し始めていた。

「……一詩」

 電話の向こうで彼が満足そうに口元を緩めれ想像が、容易くできた。クラクラする。

『……うん。こっちのほうがいい』

 意味不明なことを唱えないように私は低反発の枕に顔を沈めて、少し気持ちの整理をしようとする。……熱と心音が邪魔して追い詰められる結果しか残せなかった。

「じゃ、私も名前で呼んでよ」
『遥』
「っ……!」

 起き上ってから途切れかけの思考が半ば自棄に吐き出した言葉だったけど、彼はすんなりとお構いなしに答えてみせた。そんな簡単に名を呼ばれて思考回路が完全にショート。脳みそが一瞬で茹だった。ただ名前呼ばれただけじゃない、なにもそんなリアクションを爆発させることじゃない。わかってる、わかってるけど心は私の理性なんて省みず一人歩きで勝手気ままに踊り出してしまっているのだ。止められやしない。

『……遥さんの方がよかった?』
「ううん。よ、呼び捨てのほうがフレンドリーだわ」

 私が黙してしまったから心配したようだが、逆に焦ってしまう。名前を呼んでもらうチャンスをみすみす逃す真似をするほど思慮は浅くない。まぁ、完全無欠にどもってるし言い訳にすらなってない感じだが。

『じゃ、夜遅くにごめん。おやすみ』
「……おやすみなさい。いい夢を」

 彼のおかげでいい夢を見れそうな私は惜しみつつも切られるのを待った。通話が切られた瞬間、ケータイが手からすり抜けて床に転がった音を聞いたけど、あまりの気持ちの高ぶりにそれどこれじゃなかった。

 この気持ちが冷めることはあるのだろうか。
 いつか、もし冷めたとしても、私はあの人の傍にいる。絶対、そう断言してしまう自分は浅はかなのかもしれない。だけど、






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遙さん乙女全開。満足。
曲:aiko/「milk」

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