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自然で愛らしい花を咲かせてみせる、と心に誓う。
執筆:2010/05/28
更新:2010/08/07
「亮にいちゃん」

 お邪魔します、とお行儀よく頭を下げて玄関先に立っていたのは詰め襟に身を包んだ天使だ。
 ……とか幸せな思考を導き出す脳味噌を落ち着かせよう。現実を理解しろ、俺。

「おう」

 現実を見たところでそこにいるのは日溜まりの暖かさを浴びているような気分にさせてくれる笑みを浮かべた、伊織こと天使に他ならないわけだが。
出会ったのはもう数年前で伊織は今年で中学生になり、俺は大学ニ年生に進級した。和歌山に住んでいた伊織がなぜ東京、しかも俺が一人暮らしする家に上がっているか、といえば簡単だが深い事情がある。
 一昨年、伊織の両親の離婚が成立した。伊織は父親に引き取られ上京――といっても伊織の父親は大学で知り合った伊織の母親と卒業後、駆け落ちして和歌山に住みついていたらしく、もとの出身は東京であるらしい。三十代半ばで中学生の子持ちというのは今どき珍しい話でもないが、なかなかの行動力である。
 東京に来ると聞いて出迎えにいった俺に、普段は人見知りの激しい息子の懐き具合を見て、掻い摘みながらも事情を話してくれた父親は少し恥ずかしそうに笑い――それでも真剣な眼差しで、これからは伊織と真剣に向き合うと宣言した。二人は生活を……いうなれば関係も、初めからこの地でやり直すことにしたのだ。
 仕事が遅くなる伊織の父親の応援も兼ねて学校から帰ったら一緒に夕飯を食べることにしている。まぁこれは俺が伊織と一緒にいたくて好きでやってることだが。

「亮にいちゃん?」
「ん? あ、ごめん、ボーっとしてた」

 思考を打ち切って伊織のふにゅふにゃと柔らかい髪を撫でる。日本人の地毛にしては薄い色合いの茶で緩く波うつ髪、白い肌と黒目がちの大きな瞳。動きづらいと脱いだ学ラン下のワイシャツが線を浮かばす中学入りたてという以上に華奢な体つき。天使というに相応しい外見と内面を持っているこの年下に俺はベタ惚れだ。同性だけど、伊織を愛してる。
 伊織が俺を見上げようとして、一瞬視点がぶれた――そして次の瞬間、その瞳にギラリと獰猛な光が宿る。あ、やべ……なんて考える間は俺になくて。

 顎に激痛が駆けめぐり、続けざまに口の中に痺れが蔓延。……舌を噛んだ。

「〜〜ッッ!!」
「……くぉぉら、馬ぁ鹿ミサキ……!」

 床であまりの痛みに身悶える俺を冷たい眼差しで刺し殺そうとするように睨みをきかせる伊織――ではなく。

「しゃ、……しゃくら……」

 さくら。伊織のなかにいる、姉だ。

「馬鹿ミサキぃ……伊織に手ぇ出すないぅとろうにボォケが……」
「あ、頭撫れた、らけ……」
「じゃかわしい!!」

 不意打ちでアッパーをお見舞いされた次は腰めがけてかかと落としだ。威力はないに等しいがまったく手加減のない技に俺はつぶれた蛙のような声しかでない。ここはとりあえず、さくらの気がすむまで耐えるしかないのでされるがままになる。

「調ォ子乗らすとすぐこれや。学習せいへんのか、おのれは!」
「……こ……この暴挙には慣れつつある自分はいるぜ……」
「暴挙ちゃう、しつけや! 伊織を毒牙から守るには調教せんとあかん!」
「毒牙って……」

 さくらはエンデュランスのときもそんなこといってたな。あれはいろいろ誤解だっが……伊織は……まぁ、そういう対象になる。だが俺だって今からどうにかしようって気はないんだ。伊織は未だに体が弱い。数年前と比べれば減った方らしいが今もよく熱を出す。さすがに盛りの俺でもいろいろ分別はつく。……なんて考えてること言ったら「不潔!」とでももう一発、平手か拳骨が襲いかかってきそうなので口には出さない。
 今は、ただ傍にいられればいい。それが本音だ。

「(まぁ十八歳までは……ちゃんと待つ、さ)」
「……今、よからぬこと考えよったな!」
「! な、なわけあるか!」

 飛び起きて、間合いを取ることに成功。舌打ちされたのは聞かなかったことにしておこう。わざとらしく咳払いをして気を取り直しつつ、さくらに向き直る。伊織の身体なのだから外見はそのままだがオーラというか醸し出す空気がまるで違う。普段はまったく表に出てきてしゃべることはないのだが俺が相手だと時たま暴力を執行しつつ顔を見せてくれる。伊織いわく「さくらは亮にいちゃんのこと好きだよ」とのこと。
 好かれている、いないはともかく、少しは気を許されているということを知っている。じゃなきゃ、伊織がこの部屋に来る前に妨害されるはずだ。
 俺はふたりの信頼を裏切らないよう努力は惜しまない。努力というよりはこれも俺の好きでやってることだけど、それが伊織とさくらを傷つけないか――ということは常によく考えている。無意識というのが一番残酷で、それに親切心なんかが上乗せすることによってさらに残忍さが傷をえぐる。さくらは伊織を守り、伊織はさくらを支える。ふたりでひとりの姉弟。俺はどちらも大切で、絶対に失いたくない。
 だからその努力は惜しまない。かといってそれが苦痛でもないし、押し付けるつもりもない。親しい間柄にも礼儀あり、ってそんな感じだ。

「ふん……まぁ今日はこのへんで勘弁したるわ」
「そ、そうか」
「……馬鹿ミサキ」

 相変わらず俺のこと下の名前で読んでくれないな、とか思いつつ「なんだよ」と答えるとさくらはさらに睨みを利かせて俺を突き刺す。

「伊織が今欲しがっとるものあんねん」
「伊織が?……珍しいな」

 その視線に怯みつつも驚く。伊織は極端に欲の薄い子だ。与えられたもので満足し、他を求めるなんて珍しい。

「で、や。おねだりされてもぜぇったい、買うんやないで」
「……は?」

 そんな伊織の欲しがるものだ、できることはしたいと思うのは普通のことだろう。これを逃したら次がないかもしれない、と軽く本気で思える。なのにさくらは買うな、と言った。

「なんでだよ」
「ええから。黙って約束せい」
「理由教えてくれなきゃ納得できねぇって」
「うっさいやっちゃな! いらんもんはいらんねんッ!!」

 真っ正面からの足蹴りが鳩尾に入った。一瞬息ができなくて膝をつく。涙目のまま訴えるようにさくらを見上げたがひっこんでしまったようで、そこにはもう優しく儚げな雰囲気をまとう伊織だった。

「だ、だいじょうぶ……っ?」
「……おうっ……」
「……ごめんなさい……さくら、今機嫌わるいの」

 それはいつものことだ、とは思うだけで言わない。

「ぼくが制服ほしいっていったから」
「……? 制服って」

 中学の制服ならもう持ってるはずだ、と首を傾げると伊織は鞄の中から一枚の写真を取り出す。クラスの集合写真だ。背景に桜が咲いてるところをみると少し前の、入学式時のものだろう。

「こっちの制服」

 そう言って満足そうに微笑む伊織。指先にはセーラー服を着た女子がさされている。……セーラー?

「い、伊織、着るのか?」

 痛みも忘れて素の声色で思わず聞いてしまい、とっさに身構えた。さくらが出てくると思ったが……伊織のままだ。

「ぼく、中学生になれたから」
「うん」
「さくらも一緒に中学生になったんだよ」

 そう伊織の笑顔に、思わず息が詰まる。あぁそういうことか。

「なのに、さくらは制服来て登校できないから……せめて、写真だけでもダメかなぁって」

 だからさくらが『いらない』と言ったのだ。さくらとしては照れもあるだろうし、伊織自身のためにお金を使ってほしい。――そんな本当に姉弟思いなふたりが、愛おしくて思わず笑みがこぼれた。

「そっか。そうだな」
「うんっ、うちの学校の制服、女の子にとっても人気があってね、さくら似合うと思うんだ」
「……そりゃー、な」

 さきほど伊織が着たのを想像したときには、そりゃもう文句がつけようがないほど似合っていた。っていうかいろいろヤバいほど似合っていた。学ランだけでも魅了させているのにこれでセーラーなど着てしまえばひとりで学校に行かせるのも帰らせるのも危険だ。絶対、人攫いにあう。お嬢ちゃん、可愛いね、え、男の子? まぁ可愛いから気にしないよ、おじさんとちょっとお話しな……

「亮にいちゃん、顔が赤くなったり青くなったり暗くなったりしてるよ」
「…………わり、自分の世界入ってた」

 いかんいかん。気持ち悪いほど過保護すぎる。庇護欲をかきたてられる伊織だから仕方がない、と言い訳しつつ話しを戻す。

「っても……制服っていろいろ書類必要だからな……難しいかも」
「……そっか……」

 叶えてやりたいのはやまやまだが、制服など作る場合、入学証明書的なものが必要だったはずとうっすら記憶してる。危ない店などに流出するのを防ぐためなのか、とか漠然と考えたかとはあったが結局のところ事実はわからない。
 しかし伊織が残念そうに眉を下げるのを見てしまうとやっぱり無理をしてでも叶えたくなる。どうにかできるならどうにかしたい。伊織の事情を知っている『仲間たち』に相談してみてアドバイスをあとで貰おう。なにか突破口が開けるはずだ。とりあえずは伊織にもさくらにも内緒で。
 ついでに写真撮ったら合成でもして、ふたりを並べた記念写真を作るなんてどうだろう。端から見たら本当に仲のいい双子にしか写らない。伊織もさくらも喜んでくれるだろうか。それとも『余計なお世話だ』と怒るだろうか。押し付けになってしまうかもしれない。でも――

 じゃ仕方ないよね、と気を取り直すように微笑む伊織。さくらはあんなこと言ったが俺が絶対、この表情に、






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ハセ望(+朔)でリアル捏造。
なんかいろいろ残念な亮さん。そして伊織こんな子にしてよかったのか。

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