「よぉ」
「……どーも」
セーラー服をまとった魔女さまは高揚なく答える。
学校が終わってすぐに電車で来たわけだから、制服は目立つ。それに俺の学校は進学校でそれなりに有名だ。そんな男が学校の、女子校の門前で待ってたのはちとマズかったかもしれない。
興味本位で話しかけてきた女子(しかもやけに馴れ馴れしい奴ら)が三人ほどいたけど、この魔女さまが睨みをきかせて現れたらまさに蜘蛛の子を散らすように去っていった。
背は中背の俺なんかよりさらに低いけど縁なしメガネの下の瞳は据わってて……まぁ、怖いといえば怖い。不機嫌さが存在自体から発せられてる。
「ごめん」
「べつに」
謝まれば、視線を背けてさっさと歩きだした。後ろに半歩ぐらいあけて着いていく。
魔女さま――仁村潤香と俺はいつもこんな感じだ。
「最初、家行ったんだけどタキ江さん外出するところで。お前が傘忘れて行ったの気にかけてたから」
タキ江さんは潤香の祖母。潤香が傘を忘れて行ったのに気がついた。そんな時に俺が家を訪れ事情を聞きき、傘を届ける役を引き受けたのだ。
「どうでもいい。濡れて帰えるから」
振り返らす歩きつづける。潤香は背の割に足が長いので早歩きされると結構、早い。俺も着いていくのがやっとだったりする。
「潤香」
細い腕を掴んで、名前を呼んで。やっと立ち止まってくれた。
「なに」
無表情。鉄火面。例えるならそんな感じ。ため息が出る。
「……スーパー、寄ってくから先帰ってろ」
女物とは思えない――でも潤香の好きで買った大きめな群青色の傘を渡して、促す。魔女さまはしばらく俺の顔を見つめて、素直に帰路についていった。
さて、今日はタキ江さんも潤香の母親の恭子さんも、夕飯までには帰らない。ので、魔女さまの栄養管理は俺に委ねられる。魔女さまは自分から飯らしい飯を食べようとせず、ジャンクフードやデリバリーで済ませようとするからだ。
まともな料理が作れるわけじゃないが、菓子とかよりはずっと偏らない料理は食べさせられる。親二人がいない時は俺がしっかりしないといけない。
……と思いつつも。ご機嫌取りのために菓子を数個土産として買って帰るつもりだけど。
二十分ほどで買い物をし終えてスーパーから出てみれば――見事な夕立だった。
まだ雷はゴロゴロと遠くから音が聞こえるだけだったので、折りたたみ傘を取り出して魔女さまの家へ向かう。
……こんな天気にはツタが絡まる、まさに魔女が住みそうな古城にでも向かっていれば雰囲気出るかもしれない、が。靴や裾や肩を濡らしながら歩いて数分、たどりついたのは平凡な平屋のアパート――ここが仁村家の城。
そこで違和感に気がつく。厚い雲が空を覆いかなり暗いのに、アパートには電気がついていない。もう潤香は帰っているはずなのにどうして?
「潤香……?」
悠長に疑問を思わせてくれる時間はなかった。
目に入る家の前に、傘もささない人が佇む。真っ黒な長い髪が、真っ白な肌が、白と紺色のセーラー服が、雨で滴っていた。
「……何、やってんだよ」
近づいて声をかけたら素早く平手が――それは俺を狙ったんじゃなくて、俺が持ってた傘を、打ち払う。その動作以外は微動だにしない潤香に目を見張っていた。だから二人でぽつんと豪雨のなか突っ立っているという図の出来上がり。
「雨で流してもらいなよ」
「あ?」
「汚いものに触られたでしょ?」
「…………あー」
汚いもの、っていうのは潤香の学校で話しかけられた女子学生のことだろう。鬱陶しいことに、親しい仲でもないのに腕を絡まれたりした。潤香は自身と所有物を触られるのを嫌がる。……独占欲が強い、って囲って表せる性格ではないんだけどな。
「じゃあ、潤香は何を洗い流してるんだ?」
俺が来るまで、ひとりで。その質問に顔をあげる。……潤香は、やっと笑った。
「人間を汚く感じる、穢らわしくて醜くい私の心を」
――潤香は、自分が異常なんだとわかってるから。相手を汚いと思い、そう思う自分を汚いと感じる。
どうしようもできない思考のループに墜ちている。瀬戸際で苦しんでいる。潤香は、そういう奴だから。
抱き寄せれば、なんの抵抗もしない。ただ人形のように腕の中に収まった。優しく抱きしめる。雨に打たれ続けたからお互いの身体は冷めてばずなのに、自身の中と触れあう肌は燃えるように熱い。
「生きてんだな、俺たち」
「ん」
「生きてんのが嫌か、潤香?」
「嫌じゃない。ただ、生きづらい」
「そっか」
潤香の回答はいつも明確だ。曖昧な精神とは対照的にハッキリしてる。曖昧なものもハッキリと伝える。だから、俺もハッキリと応えなきゃいけない。
「俺は潤香が好きだよ」
「そう」
「性格良いところも悪いところも、好きだ」
「ん」
「自分自身を気持ち悪いって思ってる潤香も、俺は好きなんだからな」
「……うん」
それは君の苦しみ。俺には一生、本当の意味で理解できることはない
(だとしても)(受け入れことは、できるから)