真っ黒で艶々とした腰あたりまである長い髪。顔のパーツは均等でお互いを主張を抑えあい、化粧っ気が感じられずとも整っているとわかる。その身を包むのは全国に名高い女子校の制服であり高校生ということは見てとれた。こんな美人をほっとく男はいないと思わせるような、まさに空想内の大和撫子が都内、人がごった返す駅前の通りにいた。凛とした佇まいと凍てつくような無表情で近寄りがたい雰囲気を醸し出しているせいか――彼女は座りこみ、建物とコンクリートの隙間から伸びているあるものを周りの視線をなにも気にすることなくじっとあれこれもう十分以上は観察しているという――その変わった行動も加わっているせいか、視線を向けるぐらいで誰も声をかけようとはしない。
そんな彼女と同じように座り込んだ人物がいた。ずいぶん勇気、というか無謀な男がいたものだ、とその者にも視線が集まり皆驚く――そこにはまだあどけなさの残る、この駅周辺にある中学の制服を着込んだ少年だからだ。
「タンポポってすごいよね。こんな隙間にだって咲いてる」
彼女の視線の先、コンクリートの隙間と隙間から顔を覗かせる黄色い花を見ながら呟いた。彼女は無表情のまま、平坦な声で反論する。
「違う。西洋タンポポだ」
「西洋タンポポ……タンポポはタンポポでもいろいろあるんだ?」
「関東タンポポ、関西タンポポ、蝦夷タンポポなどもある。都内で見られるのはほとんどがこの帰化植物の西洋タンポポだ」
「帰化植物? 聞いたことないな」
少年の質問に彼女は淡々と的確に答えていく。少年もしっかりと記憶しているようで真剣な顔つきをしていた。一通り植物講話が終わると、今まで視線すら動かしてなかった彼女が、やっと顔を少年へ向けた。
「お前、カイトか?」
「うん。ガルデニア……だよね?」
「違う」
少年も向き直り、また質問した。しかし今度は彼女が否定しただけで数秒の間が生まれる。
「あ、ごめん。君はガルデニアじゃないよね。ぼくもカイトじゃない」
カイトであってカイトじゃない、そう呟いて気を取り直すようにはにかみ、続ける。
「日向戒仁です。はじめまして」
「涼風、だ」
ぺこりとおじぎをする少年――戒仁とは対照的に涼風と名乗る彼女は会釈すらしない。しかし――彼女の性格などを知っているからなのだろうか、気を悪くしたふうもなく戒仁は首を傾げた。
「下の名前は?」
「雰囲気が合わないとよく言われるから言いたくない」
「涼風、さんが嫌なら言わなくてもいいよ。……でもぼくは名前で呼びたいな」
「……」
表情を変えることなく、手に持っていたカバンから取り出したのは校章の入った手帳――彼女の着ているセーラー服にも同じものが刺繍されている、生徒手帳だ。それをめくり、戒仁へ突き出すようにして見せた。彼もそれに視線を走らせて、口元をゆるませる。
「可愛い名前だね」
「おかしくないか」
「似合ってるよ。涼風さんらしい」
「さん付けは止めろ。あと、教えたんだから下の名前で呼べ」
命令的口調でピシャリと言い放つ彼女に優しく笑いかける。うん、わかった、ごめん――満足したのかしないのか定かだが、彼女は視線を下に落とし、また西洋タンポポを見つめた。
「……ぼく、花、好きだなぁ」
特に意味はないのだろう、戒仁が独白のように呟いた。涼風はやはり何も反応しない――かと思われたが視線だけを戒仁へチラリと運んで、すぐまた西洋タンポポを見る。
「………………どっちだ?」
それは今までの平らな声色とは明らかに何かが違っていた。間のなかにでさえ、感情というものが含まれているのがわかる。
「なにが?」
「……」
涼風は少しだけ眉を顰めていた。今まで仮面をつけたかのような顔にやっと表情が垣間見えた瞬間だった。普通であればこんな小さなことにもこの美人を目の前にしたら喜びを覚えるべきなはずが、戒仁はそんなこと、とも思っていないのかまったく気にしたふうもなく疑問符を頭上にまき散らしている。
それを読み取ってか、涼風は小さく息をはいて続ける。
「……タンポポの花言葉を知ってるか?」
「? ううん。なんていうの?」
「……『思わせぶり』」
へぇ、すごいな、本当に何でも知ってるねと関心したような戒仁の相づち。
涼風は立ち上がって「今日は帰る」と一言。身を翻せばその場に落ちた生徒手帳――それに気がつかず、涼風は足早に立ち去ろうとする。
「――――はな!」
「……」
戒仁が呼び止める。振り返る涼風――はな。彼女の『H・S』とイニシャルが印字されている生徒手帳を拾い、駆け寄る。
「ごめん。ぼく、変なこと言った?」
「……いや。勝手にこっちが取り違えただけだ。気にするな」
まだよくわかっていないらしい。納得が行かないのか、戒仁は不服そうだった――天然なのかわざとやっているのか、戒仁の場合は前者であるのが……第三者から見れば後者ととられるに違いない――そんな彼から生徒手帳を受け取り、はなはきびすを返してまた一歩踏み出し、すぐ止まる。
「…………戒仁」
「ん?」
「また、連絡する」
「……うん」
「また……会ってくれるか」
「もちろん」
はにかむ戒仁の表情は、はなには見えない。
「また、な」
「うん。また。気をつけてね」
そして戒仁にも、うっすらと――まさに慎ましい華が咲くようなはなの笑みは見えていなかった。
舞い上がった、はな
(やっと想い人に会えたことに後ろ髪ひかれつつも)(告白された気になっていた恥ずかしさに足を早め、雑踏に紛れていく彼女)