「本当によかったの? こんなレアなグリーティングカード貰っちゃって」
扉を開いて、差し込まれた夕焼けに目を細めた。美しく繊細な造りの聖堂へ一歩一歩足を進め、カイトは相手へと言葉を投げかけつつ振り向く。相手――仕様外の白き衣を纏ったPKK・死の恐怖と恐れられ、また三冠宮皇の名も欲しいままとしているハセヲはその実力からは見当もつかないほど幼く拗ねた横顔を露わにしていた。
「カード自体より、中身についてなんか感想ねぇのかよ」
その物言いが本当に子どもっぽくて、カイトは無意識に笑みをこぼす。そのまま祭壇前まで歩き、刻まれた『サイン』を見つめた。
「いろいろあったでしょ」
「あん?」
「冒険していくなかで、いろいろ。出会いも別れもいっぱいあったはずだ」
「……」
「たくさんの人と出会ってきたのに、ぼくでいいの?」
『サイン』から徐々に目を外し、夕日の差し込むステンドグラスを見上げる。声色はハッキリと涼しく響くもので、そこには不安も疑念も含まれていないことが感じ取れた。これは神の前で誓いを立てるようなまさに形式化された、儀式。だからハセヲはなんの躊躇いもなく、断言した。
「お前がいい。カイトじゃなきゃ、嫌だ」
ゆっくりカイトは振り向き、笑う。
「ぼくを選んでくれたのがハセヲで嬉しいよ」
夕日の逆光の影すら感じさせないほど清らかな光に溢れた笑み。それにどきまぎさせられているのを隠したくて、一歩前へ出る。カイトがまた美しい夕陽の通るステンドグラスに目を細めているので、ハセヲもそれに習うよう見上げた。
「イ・ブラセルでエンゲージイベント、本当はやりたかった?」
「別に。騒々しいの嫌いだし……カイトがやりたかったんなら、考えるけど」
この大聖堂に来るまでの間、少しあがっていた話題だった。イ・ブラセル島での結婚式。『誓い』のグリーティングカードを送り、受理されることにより開かれるめったにないイベント。同性でも可能だったが、お互い譲れない思いからキャンセルすることとなった。
「ハセヲがウェディングドレス着てくれるなら、ぼくも考える」
「断る。カイトが似合うに決まってんだろ」
「似合うならハセヲだってそうだろ。みんなも楽しみにしたはずだよ」
「『みんな』のくくりは何人で誰なのか、想像するのも遠慮したい」
カイトもハセヲも相手の方がウェディングドレスが似合う、という意見を下げようとはしなかったのだ。着るのは嫌ではないが、相手のドレス姿が見てみたいという思いから曲げることが出来ず、イベントを開催しないことに落ち着いた。
「お互い着るっていう選択肢もあったけどね」
「そんなことしたら話題性に富みすぎてBBS炎上、次のログインから注目の的決定。遊びづらくなるのは勘弁だ」
「ここで会えるのは貴重な時間だしね」
そうだな、と呟きつつカイトの左腕をとって向き直る。カイトも同じように真っ正面に向き直った。
「……欅に指輪でも頼めばよかったな」
恋人同士なのに、とこれだけでは味気なく感じたのかハセヲは少し残念そうに息をついた。カイトは気にしていなかったが、その姿を見て思案を巡らせる。
「……なら結婚式っぽいことする?」
「例えば?」
「前置きでいうセリフあるよね? あれに答えるとか」
「……『その健やかなるときも病めるときもうんたらかんたらその命ある限り真心を尽くすことを誓いますか』とかいうやつ?」
「そう、それ」
「神父がいねぇよ」
あぁそっか、と苦笑してすぐにピンときた。嬉しそうに告げる。
「じゃ、誓いのキスとかだけでも」
え? とハセヲが言葉の意味を理解するまえに、カイトはセリフを続けた。
「ぼくはハセヲを愛することを誓います」
「……」
「……ほら、ハセヲも」
「…………お、おう」
ワンテンポ遅れて、浅く息を吸い「俺も誓い、ます」と。がカイトはそれではお気に召さなかったようで、片眉を少し吊り上げた。
「それじゃダメ」
「……いいじゃん」
「こういうときぐらいしか、ハセヲ言ってくれないんだから。ほら、ちゃんと!」
「……」
照れのせいで上手く言葉を紡げなくて内心焦る。ただ、一言。そしてありのままを言えばいい……半ば押されつつもそう気持ちを正して、やっと呟いた。
「……カイトを、愛することを、誓います」
その言葉にカイトはくすぐったそうに、そして嬉しそうに肩を揺らした。ハセヲがヤケ気味に「さっさと目ぇつぶれ!」と怒鳴ればはいはい、と聞き分けよくその通りにする。カイトのペースに流されていることに少しの悔しさがあったが、すぐに取り払われた。通る鼻立ちに夕日で色濃く落ちる睫の影、淡い色の唇……すべてをゆっくりと見つめて、彼がこのような行いを自分に許してくれていることに幸せで胸がいっぱいになって、これだけですべてどうでもよくなってしまう現金な自分を、そして彼をそんなにも愛してることを、改めて自覚する。
彼の肩に手を置いて、目を閉じた。ふれるだけの誓いのキス。もっとその顔全体に、顔だけでなく彼を押し倒してそこらじゅうに誓いを立てたい衝動に駆り立てられたが――顔から火柱が上がりそうなほどの火照りを感じて、思わず数秒で唇と唇は離れる。
自分のその情けなさに絶望しながら目を開けてみるとカイトの蒼碧色の目も開かれていて、さらに珍しいことに耳まで真っ赤に染まっていると気がつき、一瞬にしてあんぐりとほうける。
「……なっ、なに、赤くなってんだよ……ッ!」
俺も同じだろうけど、というセリフは頭の片隅に身勝手に置いはらいカイトを責める。彼は指で軽く唇に触れつつも頬を一層赤く色づけて、苦笑した。
「……改まってこう、……き、キスされると気恥ずかしいな、って……」
何事にも基本的に余裕のあるカイトまでもが、自分と同じようにここまで照れるとは思ってもいなくて、ハセヲはどうリアクションを返そうか数秒間悩み――なにも思いつかなくて。
無意識に、衝動的に、言うなれば反射で
(愛おしさと照れ隠しとを入り混ぜて)(強く強く、抱きしめた)