よく、カイトの夢を見るようになった。一緒に冒険して、ボスを倒して、カイトが笑ってオレも笑う、ただそれだけの。
それを軽い話題のつもりでAIKAちゃんに話したら「トキオはカイトが大好きですのね!」といつもの太陽のように朗らかな笑みをみせた。
うん。カイトは強くて優しくて、オレの憧れの勇者だから!――そう同意するつもりだったのに、言葉が喉元につっかかった。
指摘されて、胸がちくちく痛むと同時に無性に恥ずかしかったんだ。たぶん顔が茹でタコみたいに赤くなっていたに違いない。
オレ、カイトが好きなんだ。憧れじゃなくて、勇者だからじゃなくて、カイトが、好きなんだ。
そうなんとなく理解できて胸の疼きが、いっそう増した気がした。
「だからといって何が変わるかといえば……ほとんどなんも変わりゃしないんだけどさー」
大の字に寝転んで空に向かって呟いた、たんなる独り言。精一杯の勇気をかき集め振り絞って、好きだと認識してから初めてカイトを冒険に誘い、是
と返事をもらえたわけだが。
「……ごめん、他のエリアで調べたいことがあって」
エリアに着いて一言……申し訳なさそうに提案するカイトにオレが「無理」なんて言えるわけもなく。こうして一人、モンスターを退治してぐだぐだ
いじけてる。
「……はぁ」
ため息と共に胸の中に充満する陰鬱なモヤモヤを吐き出してみたところで仰向けであるからか自分にまた浸透していくような感覚を味わう。最近は寝
ても覚めてもカイト、カイト、カイトと訴えかけてくる脳みそに呆れて、ため息が増えた気がする。上半身を起して、何を見るわけでもなくぼんやりと
思考を漂わした。
やっとカイトと冒険できると思ったのにな。カイトはあの性格だし、仕方ない。そういうところ、憧れるしオレは好きだけど。……あ、そういえばブ
ラックローズにそんな話ししたら「アンタはカイトカイト言いすぎ!」って注意されたっけ。気をつけてたつもりだったけど、オレ自重できてなかった
かな。最近は意識しすぎてカイトと話ししてなかった。今日はたくさんしゃべろうと思ってたのに……なーにやってんだろ、オレ。
「……あーあ、早くカイト帰ってこないかな」
ぼそりと囁いてみたら背後でなにか動いた気配。とっさに『帰ってきた!』と嬉々として振り向く。
「お帰り、カイト! 待って……た……」
尻すぼみに消えていってしまう声は当然と主張したい。そこにあったのは思っていた人のニ倍以上はあるであろう影、バクスクィーン――見覚えのあ
るモンスターがすぐそこにいたんだから。
「うっそ……だ、ろっ!」
まだボスモンスターのいる一番奥までは到達していないのに、と悠長に考える瞬間すら与えられずバクスクィーンから繰り出された一撃をどうにか転
がるようにして避けることに成功する。が詠唱のほうが早くて二撃目はまともにくらい地面と激突した。体勢を立て直そうとすぐに立ち上がろうとする
が目の前にもう一つ大きな影。
ハッと気がついた瞬間には振り下ろされた太い腕により空中に浮かんでいた。続けざまの激痛に声をあげるヒマもなく重力に従ってまた地に身体を打
ち付ける。
不意打ちすぎて状態を確認することがままならなかったが痛みで冴えた頭で周囲を読み取る。バクスクィーンとガンジャイアント。もっとよく見れば
黒い泡とデータの地が暴かれてそれぞれ蠢きあうようなエフェクトをまとっている。AIDAとバク化しているボスクラスモンスターが二体。そのへんのモ
ンスターならともかく、こんな上級モンスターを一人で倒すのは無理だ。二体いる状態で無謀にもほどがある。どこから沸いてでてきたのかはわからな
いままだったが今は逃げるのが先決だと、いつものボス戦と違い退路は絶たれてないので節々が弱音を吐いてくるのを鞭打ち、駆ける。
しかし突如耳に轟いたエンジン音に愕然として足を止めてしまう。ゴブエリオン、現われた三体目が咆哮すると同時に黒い泡もオレを威嚇するが如く
大きく膨張し、はぜる。
あ、終わった。
バイクと連動された銃口がオレを真っ正面から捉えていてもれた感想がそれだった。
バグ化やAIDAに感染したモンスターにキルされたら、未帰還者になるんだっけ……あれ、でもオレってリアルデジタライズしてるんだけど……どうな
るんだろ。死ぬのかな。死んじゃうのか。
オレ、死ぬんだ。
「……んなの嫌なこったァァァァッッ!」
弾丸がオレを貫く直前で回復アイテムを使用。後方に吹き飛ばされながらもHPゲージはギリギリ赤で静止した。全身から上げられる痛みによる苦情は
無視する方向で回避を優先させて半ば這いずるよう立ち上がり次の攻撃から身を守ろうとあがく。敵の動き、詠唱により発生した魔方陣をよく見て縫う
ように逃げる。息が上がってくるし膝が笑いだすし足は筋肉が伸びたままあるいは縮んだままのように硬くなってて比喩じゃなく棒のよう。こういうと
きは『リアルデジタライズって不便だ』とつくづく思う。それでも必死に足を動かしつづけて止らない。ガンジャイアントの鉄拳が目の前から風を裂き
唸り上げつつ襲いかかってきたので顔面スライディングでギリギリ回避。よし、と次に備えようとしてみて自分の間違えに気がついた。
一度地に伏せてしまったので身体が休憩を要求してきたのだ。全身から力が抜けていてオレの命令を全く取り合ってくれない。さっき無視したのは謝
るから、頼むよ動いてくれ……!
念じてはみたものの追加された呪紋による打撃に貫かれれば筋肉が強張りきっていて機能してくれず受け身なしで叩きつけられて後頭部を殴打。意識
がとびかけた。痛い、なんて今さらすぎて呻き声さえ喉から出てこなかった。さきほどの攻撃で剣を手放してしまって小さなあがきの反撃さえできない
。
客観的に見ると格好悪くてオレを『勇者さま』なんて言ってくれるAIKAちゃんとかに見せれない姿だろうけど、オレはドジだしマヌケだしゲームしか
できないちゃらんぽらんだけど、生きたい。生きたいんだ!
「だってまだ、オレ、カイトと一緒に、いたいし!」
冒険してモンスター倒して一緒に笑って楽しく過ごしたいんだ。いつか現実に帰らなきゃいけないけど、今も、これからも、できればずっとずっとず
っとずーっと!
「カイトの、傍に……いたい……!!」
夢見ただけで、終わらせるかよ!
そう胸に沸き上がる衝動で身体に喝をいれる。それでも腕がかろうじて動いたぐらいでへたなほふく前進するハメになったけど、しないよりマシだろ
う。
それにカイトはきっと来てくれる。
このエリアの異変に気付き、急いで向かって来てくれているはずだ。それまで保たなきゃ。そう心に決めるも影が伸びてきたので視界を少し上げてみ
れば三体のモンスターに完全に囲まれている。満身創痍であることと絶体絶命のピンチなのは見るより明らかだった。
でもそんなこと気にしてられない。回復アイテムをショートカットで使用できるようにセット。こうなったらアイテム全部使えきってでもリンチに耐
えて生き残る。到着してもオレが死んでたらカイトが嫌な思いするだろうから、そんなことさせたくない。絶対、絶対に!
「……あれ、ほんと、オレって……カイトのことしか、言ってねぇ……」
決意を表すためになけなしの気力で立ち上がって息も絶え絶えに苦笑してみる。空を見上げて蒼いその色を凝視してみると、カイトの瞳を思い出した
。
「……ほんと、オレ、カイト……だいすき、だなぁ」
他人事みたいに呟いて、他人事みたいにバグスクィーンが振り上げている腕を見ていれば。
目の前は夕焼けに染まった。
オレ蒼い空も好きだけど、この穏やかそうな朱も好きなんだな。だってどっちも……どっち、……も、
「……カイト」
「トキオ、ごめん! 遅くなった!!」
そう、どっちもカイトの色だから。
そうまだ状況を読み取ろうとしない脳みそが幸せな思考をこぼす。突然夕焼けになったわけではなくて、カ
イトがオレの壁になるように立ちふさがってるからか、と理解。カイトは敵を見据えしっかり見据えてまま右腕をかざし腕輪を展開させていく。濃密な
輝く光が一体のバグモンスターを貫いたのを、これもまた他人事みたいに見ていた。ただオレにはカイトしか見えていなくて、腕輪の光に照らされるカ
イトの真剣な横顔が綺麗で場違いに頬が緩んだ。
ほらやっぱりカイトはきてくれた。
当然だと思いつつも嬉しくて、もう安心しきったら瞼が落ちはじめる。まだ綺麗なその横顔を見てたかったけどもう限界なのは明らかだったので身体
に素直に従いそのまま意識を途切れさせた。
その後どうなったかと言うと。
オレがブラックアウトしてた時間は十分弱ほどで、次に気がついたときには戦闘は終了していた。しかしそれで全て終わったわけではなく冒険してい
たサーバー全域でこんな不可解な現象が起こっていたらしい。カイトの他にも碑文使い、それとAIKAちゃんが駆り出されてエリアを回るという状況下に
までなっていたそうだ。
とくに異常だったオレのいたエリアも安全が確認されて、それからすぐにグランホエールに戻された。全身ボロボロのオレはノーマルルームに運ばれ
(ベッドがあるという理由で彩花部屋かイバラの部屋に運ばれそうになったが辞退した。あの部屋に運ばれるぐらいならソファで寝かされるほうがマシ
だと思ったし)治療を受けた。
スキャンの結果、骨が折れたり内部で出血してることこそないが肉体が受けたものよりも精神が負ったダメージのほうが深いのでしばらく安静にして
なさい、と彩花ちゃんは判断。確かに回復呪紋のおかげで身体は快調だったが気分がまったく沈んだままでいつものモチベーションまで上がらない。あ
の痛みの数々がしばらく忘れられそうになくてお言葉に甘えて少し休むことにした。
あと気に病むことがあるとすれば、カイトのことだ。相棒であるブラックローズにしこたま怒られていた。正座させられて小さくうなだられている姿
は可愛……いやちょっと可哀相で、そしてよくエリアで離脱するメンバー(アルビレオとかミストラルとか)も集められ一緒に注意を受けている。
そこまで言わなくてもと止めてはみたんだが「病人は黙るッ!!」とオレまで鬼のように形相で睨まれた。……理不尽だよな。まぁブラックローズも
オレのためを思って言ってくれてるので悪い気はしない。
ただ、カイトは本当に萎れてしまっていて、カンカンだったブラックローズが急に冷静になって狼狽えるほどのヘコみ具合のまま部屋を出ていってし
まったのが気掛かりだった。
みんなが部屋から出ていってしばらく。退屈でうとうとしだしてたオレは視界にぼんやり現われたカイトに異常なほど驚いてソファから落ちそうにな
った。どうにか耐える。
「ごめん、起した?」
「い、いんや。バリバリ起きてた」
へへへ、とマヌケっぽく笑ってみるもカイトの表情は曇りっぱなしだった。そんな顔するなよ、オレまで悲しくなる。
「ごめん」
「もう謝るなって。大丈夫、この通りピンピンしてるんだから!」
これはオレの不注意であってカイトのせいじゃなくて……あ、いやカイトのことばっかり考えてたから……いやいや、カイトばっかり考えてたオレの
不注意。そうそれだ。だからカイトが悪く思うことないんだ。
そう伝えたらカイトの重みは少しは軽くなるだろうか、なんて馬鹿なこと考える。そんな簡単なことじゃないことぐらいちゃんとわかってる。まぁ伝
えるもなにも恥ずかしくて言えないんだけどさ。
「せっかく冒険さそってくれたのにこんなことに……」
「仕方ないって。たまたま運が悪かったんだよ。また冒険ぐらいいけるしさ」
「だって久しぶりにトキオが呼んでくれたじゃないか。呼び出しもらえてこれでもすごく嬉しかったんだよ」
……一瞬カイトが何を言ったか理解できないオレがいた。え、う、嬉し……?
「だから、少し浮ついてたのが悪かったんだ。ほんとすぐに戻るはずが気の緩るみで苦戦して、焦りで長丁場になって……」
「待って待って……う、嬉しかったの?」
「当たり前だよ。最近少し避けられてたから何か悪いことしたんじゃないかって思ってたんだ。こんなこともあったらまた距離置かれるんじゃないかっ
て……思って」
ごめん自分勝手だよね、と寂しそうに笑うカイトのセリフに思わず言葉がつまった。しかしちょっと避けてたの、気付かれてたなんて。カイトがその
こと意識してくれてたなんて。驚喜で踊りだせそうな事実だ。
「……何かぼくがおかしいこと言った?」
「へっ?」
「トキオ笑ってる」
いや、にやけてるんです。……なんて言えるわけもなく言葉だけでごまかす。表情はシャッキリできそうになかった。
「なんでもないなんでもない」
「……」
納得しかねているって顔だったけど追求はしてこなかった。近付いてきて他にもソファはあるのにオレが寝転がる横の地べたに腰を下ろす。視線がほ
とんど同じ高さになった。自然な動作でオレの髪に触れてきて、いつものグローブの外された長く細い指に見とれつつ思わずどきっとした。
「部屋出てったほうがいい? 寝る?」
「え、いや、ここにいて」
この距離から離れたくなくて引き止める。了解したのかカイトはまだ指に髪を絡めていた。
「なにかできることある?」
「……んー、とくに……」
ここにいてくれればそれだけで幸せすぎて、これ以上の贅沢いったら悪い気がする。
「なんでもしてあげるよ」
カイトのそんな言葉に思わず噴き出しそうになった。え、な、なんでもっ?
「なんでも。膝枕でもしてあげようか?」
……なんでもと聞いていろいろ想像を膨らませて期待してしまうのは歳が歳だし、というこでとうかひとつ流してほしい。膝枕か、それもなんかいい
なぁ。
「ん? してほしい?」
「え、あ、いや」
「ぼくでよければしてあげるよ」
そういって立ち上がるのでオレもこんな機会滅多にないか、と腹を決めて上半身を起き上がらせカイトを座らせて膝を借りることにした。先ほどまで
ソファの肘掛けを枕替わりにしていたので高さが丁度よくなる。
これはいいな、なんて思ってたのは数秒だけだった。
頭から首辺りまでにふれる柔らかい感触と優しい温もりが、上を見ればカイトが見下ろしていて「どうかした?」と小首を傾げて見つめてくる。
失敗した。これは、すごく、照れる。
心拍数が跳ね上がって全身に血が氾濫を起したが如く血管を駆け巡っているため熱も上昇。心臓の音が自分の耳にまで届くなんて今まで体験したこと
のない感覚にどうしていいかわからなくなる。
これじゃ、眠れもしない……!!
「か、カイト」
「ん?」
「や、やっぱいいよ……ああ足痺れるだろ?」
「いや大丈夫。気にならないよ」
そう言いつつまた髪にふれながら顔をほころばせる。いやオレが気にするんだけど、と呟くよりも早く
「なんだかトキオにふれてると落
ち着くんだ。胸がふわふわして心地良いっていうか、幸せになるっていうか不思議な感覚」
そうカイトが独り言のように囁く。
……それって――
「(……どういう意味で、捉えていいわけ?)」
カイトの無垢で、それはそれは交じり気のない無邪気な笑顔を見れば、裏に企みもなく純粋にただ本音をこぼしただけなのだろうとわかる。だが思わ
ず邪推してしまうのはしかたなくないか。試されているような気がしてならないじゃん。
「……」
結果。思考回路が完全ストップにつき、答えは見出だせないままどうしていいかわからず沈黙。そんなオレをよそにカイトは上機
嫌そうに先ほどの騒動の顛末を語り始める。オレもなにかしゃべってもらわないと、気までおかしくなりそうだった。悩むのもやめることにしよう。
「カイトが好きだ」と堂々と自信を持って告げることができるのはいつになるかわからない。
でもいつ
か。できれば、いつか。
(言えればいいな、などと)(温もりも柔らかさも気にしないよう)(カイトの穏やかな声色に意識を可能な限り集中させて)(お気楽で幸せな頭は、ぼんやり思う)