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涙と、笑みと、困り顔。
更新:2010/09/23
修正:2011/02/24
※♂主人公:名前『マシロ』 一人称『俺』 性格『無口だが表情はでやすい』



 ベルが転んだ。マシロと偶然出会い、バトルをして、負けて勝ってのあと別れようとしたときのことだ。
 マシロがすぐに気がつき腕を伸ばし惨事にはならなかったが、片膝を少し擦りむいてしまった。

 大丈夫か、とマシロは伺うような目で見つめてきたのでベルは「へーき、へーき」と笑った。しかし血がにじみ出てきたのを見てマシロは手ごろにあったベンチにベルを連れて行き『おいしいみず』を取り出すと傷口に流した。

「えぇっ、もったいないよ」

 また買えばいい。今はバイキンを流すのが先決、と訴えるように鋭い視線。表情だけでマシロの言いたいことをわかってしまうのは十年も一緒にいる幼なじみのなせる技で、そんな昔からこんなふうで変わらない彼に、思わず吹き出すベル。
 洗い流したあとは「きずぐすり」で消毒しようとしたのはどうにか止めさせて、絆創膏をぺたりと貼りとりあえずの処置は終わった。
 マシロはまだ傍にいてくれるつもりなのかベルの隣へ腰を下ろす。

「ありがとう」

 べつに、と表現するように肩をすくめる。

「よく絆創膏なんて持ってたね。すごいなぁ。あたしも女の子なんだし、見習わなきゃ」
「……母さんが……」

 入れてくれたみたい、と含む言葉を吐きつつ絆創膏の残りをバッグへとしまった。

「そっかー、そうだよね……羨ましいなぁ」

 そんなぼやきに、マシロは視線をベルへ向けた。ベルは柔らかく朗らかに笑っている。

「チェレンもだけど、いいな。ママもパパも賛成してるもん」

 そこで靴を脱ぐと、ベンチ上で三角座りに。スカートなのでその格好はどうなんだ、とマシロは指摘したげに眉をひそめたが、今のところ他に誰も通っていない道路でもあるし雰囲気を察してか静かにベルの言葉に耳を傾ける。

「パパ、最後まで許してくれなかった。あたし、がんばって立派なトレーナーになるって言い張っても『無理だ』って決めつけて」

 精いっぱい笑おうとしているのだろう、しかし寂しげな苦笑で顔をかすかに歪めぽつぽつとつぶやく。声の底に秘めた悲しみが伝わりマシロは口を一文字にキツくつぐむ。

「あたし、できないかな。いつもドジばっかりしちゃうし、肝心なところでマシロやチェレンに頼ってばっかりだし」

「ダメダメだよねぇ」と膝に額を乗せた。そうするとマシロからは表情が見えず、苦笑しているだけなのかそれとも泣いているのか、わからなくなってしまう。

「そんなの」とマシロはいつもより張り上げた声で続ける。

「そんなの、決めつけるなよ。俺もチェレンも知ってる。ベルがやればできることぐらい」

 ベルが頭を起こして目を見開きパチパチと瞬きするが、そんなの知らん顔でマシロは遠い空にあるムンナのような雲の羅列を見続けつつ独白のように囁いた。

「十年来の俺たちが知ってるんだ。生まれてずっと一緒にいたおじさんが知らないわけないだろ」
「……」
「……ちょっと心配なんだ、それだけだ……ベルは自信を持って話せば、おじさんもわかってくれる。認めてくれる……自慢の娘だ、って言ってくれる」
「……そう、かな」
「そうに決まってるよ。だから今はそのまま、ベルのまま……がんばればいいんだ」
「……」
「……あと勝手なことだってわかってて言うけど」
「……?」
「無理はしなくてもいいけど、できれば……できればでいいから……ちょっと抜けてて、おっちょこちょいで、でもかんばり屋の、いつものベルでいてくれ。チェレンも俺も、ベルがベルらしくないと心配になる……いつもの君が好きだから」

 そうマシロには珍しく長々と、彼なりの強い想いをのせた不器用な言葉をゆっくりはっきりとした声で諭す。
 そこで数秒、間を空けてから瞳を彼女の方へと向けるけば「……んん?」とらしからぬマヌケな吐息の抜けた声をこぼした。

「……うぅ、うぇっうう……ッ」
「!?」

 いつもマイペースで天真爛漫なベルが少しだけ嗚咽をのみつつもボロボロと盛大に涙をこぼす様を見てしまったせいだ。マシロは身動きが呼吸とともにピタリとなくなった。
 コンマ単位でそれは解かれたが今度は忙しなく腕やら視線やらを動かす。ヒドく混乱しどう対処すればいいかわからないようだ。口は大きく開いたまま戦慄いていた。
 やがて落ち着くことが最重要と思い至ってか大きく深呼吸を数回して、バッグからハンカチを取り出すと涙の止まらない大きな目の回りに軽くトントン、と押し当てる。
 その優しさのにじむ仕草に、もっとベルの涙は絞り出されていることはわかっていない。

「……ま、しろぉっ」
「?、?、??」

 なに、と不安な声色で言いたげに新芽色の瞳を覗き込む。ベルは一拍、噛み締めるように間をおいて小さな声で「あり、ありが、とぉ」と泣きながら笑った。

「……」

 別にいまさらだろ、と心底言いたげにマシロは困った顔のまま目元と口元を緩める。




涙と、笑みと、困り顔。
(ひとりは泣きながら、もうひとりは困り顔で)(ふたりは笑う)
ライモンシティ到着前の話。勢いで書いちゃったブツ。

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