それは唐突な行いであった。
この世界に降り立ったのがもう数ヶ月以上前のことになるカイトは、根本は何も変わらない、しかしどこか変化しつつある世界をフィアナの末裔――少し前まで管理者の地位に収まっていたバルムンクに案内されて見物している最中にキスをされていた。
「……なんでキスするのさ」
「事故で男とキスした部下が『苦くて腐ったレモンの味』がする、と言ってたので試した」
「だからってぼくにするのはどうかと」
突然なことにも落ち着きをはらった仕草。苦笑、と本当に書いてありそうな笑み。それらを見つめこの少年が自分より寛大で老熟した器の人間に見えてしまって「……慌てないな?」と漏らす。興味本位の行動だったのだがちょっとは怒りや、焦りを露わにしてくれると期待していたのだった。
「外見上はいろいろと驚きが勝ってて、こんな反応しかできないよ」
「内面上は?」
問いかければ自分の胸へ手を置く。それを確かめるよう、ゆっくりと。
「バル、アップに耐えられる顔だけど……心臓にすごく悪い。まだドキドキいってる……」
先ほどとは違う種類の苦笑を浮かべ、カイトそう呟く。まるで恥ずかしげもないセリフとあまりの可愛らしい反応。
思わずバルムンクは手を伸ばした。胸に当てられた腕を掴んで、自分の手をその下に差し込む。
額と額を近づけ、神経を研ぎ澄ましすように目を瞑る。
「……当たり前だが、わからん」
PCからでは早鐘を打つ鼓動など聞くことも感じることもできないのが残念でため息。この反応は自分でも間抜けだと分かっているが、それ以外に伝えようがないからと素直に表したのは彼らしい。
カイトも間抜けに口を半開きに言葉を詰まらせている。やっと絞り出した「バルムンク、確信犯?」という問いに「まぁな」と軽く答えた。
「性悪」
「なんとでも」
むっ、と眉を寄せた。この時折見られる子供っぽい仕草がこの目の前の少年が自分より年下、と再確認され嬉しさでバルムンクは無意識に頬をゆるめる。
さらにそれが面白くなかったのか――彼の輪郭に触れ、もとより近かったのだがさらに距離を縮めてきた。
カイトの穏やかな、しかし底知れぬ強い意志が潜む蒼瞳に自分が大きく映っていると思えば瞼に遮られ『今』という瞬間――幼なめな顔立ち、鼻筋、睫が落とす影……すべてがこんなにも近くにあることを認識する――が、そのヴィジョンを夢見心地かのようにどこか客観視していた。
「ご感想は?」
数秒後、少し距離をとって微笑む姿は悪戯を成功させて喜ぶ子供そのまま。
質問に答えようと固まった頭をやっと回転させようとするが、再起動に時間がかかった。ゆっくり先ほどの情景を脳から引きずり出してみればたびたび密かに感じていたひとつひとつの色気を不意打ちで受け、ありのままの感想が浮かぶ。心臓はもちろんのこと――
「理性にも、悪い」
×のお味と追加効果