血の味に怯むこともなく、弓を構え標的を狙う。
木々の合間から注がれる月の光によって影の姿かたちが明確に浮かぶ。禍々しい暗黒の装甲のようになった身体。書物に書かれた悪魔のような出で立ちが木々を縫い、時には投げ倒し、邪悪な光眼がカイトを狙う。月に照らされ光る銀の髪だけは、どこまでも清らかに映える。
そのヒトガタはまだ『青年』と語るにはまだ幼い。そんな顔を醜く歪め、森を揺さぶる獣のような砲吼が響き渡る。
彼を射らなければいけない。
彼の願い。今まさに化物に成り果てようとするハセヲの――願い。
出会いは始まり、そして
それは魔物に襲われていたカイトを、旅人のハセヲが助けた事より始まる。その闘いの中、魔物を撃退することに成功するもののハセヲは傷を負う。
『その傷より流れ込む呪いが、全身を駆け巡り――やがては同じ魔物と成り果てる』
大昔からの伝承。人々はそれを信じていた。だから村を救った彼を、誰も受け入れようとはしなかった。
カイトを除いては。
数年前から村の裏手にある山の、人里離れた小さな山小屋にカイトは住んでる。
「村を守っていた親友が魔物に殺された時から、彼の役目を引き継いでここにいるよ」
傷の手当てをしながらそう語った。
責任感の強い、勇気あるそして誰よりも心優しい少年。それがカイトだ。
村の皆に責め立てられ、苛めや圧力を受けながらも、彼はハセヲを見捨てようとはしなかった。だからといって村の皆を恨んだりはしなかった。弱い者も強い者も、誰もけして見捨ない。『偽善者』と罵られてても、彼はいつなん時も胸を張って颯爽と生きていた。
「早く放り出せ! いつ化物になるかわからないような奴を、家に住まわせておくなんて……お前、馬鹿だろ……!?」
遠い地より旅を続けるハセヲは口悪い、頑固な少年だった。しかし彼も同じで、優しい人だった。
呪われた傷は癒えることなくその肌を抉っていたが、体力が回復し始めてからは文句を言いながらも家の手伝いを、素直でない口悪い言い方だがカイトに気を使い続けた。
村が、また魔物に襲われた時――心ない言葉を投げつけられたのにも関わらず、村人達を助けた。
そんな二人が恋におちるなんて簡単な事。
カイトはたくさんの書物をあさった。呪いを解く方法を求め続けた。
――――しかし、時は無情にも進み続ける。
「もうすぐ、俺はあの魔物と同じになる。だから、せめて……その時はお前に……」
呪いの痛みと熱に耐えながら、彼は願った。
「(ぼくにはそれしかできない)」
愛しい彼を狙いながら、そう無力を嘆く。
カイトはこの国で、弓の名手と詠われる程の実力者。
“ それは神との契約 ”
彼には神の力が宿っている。放つ矢は浄化の蒼き炎に包まれ、その灼熱は骨の髄まで焼き尽す。
『魔物の骸を一片たりとも残してはいけない。灰と化さなければ、何度でも魔物は蘇るから。だから、魔物に殺された者も、骨すらも遺してはいけない』
その言い伝えどうり、数年前、死体に矢を放ち――誰しもが耐えられなくなる悪臭が支配するその場で、友の焼かれる姿を最後までその目に写した。
『……この村を……』
死際の友との約束。
"この村を頼む"
彼を殺さなければ、村に被害が及ぶ。そして叶えなければならない、恋人の願い。
「(これは、神の力を授かったぼくの……責務……そして罰だ)」
時が止まるのを許されないように、カイトに、彼を生かす事は許されない。
呪われた約束を胸に。今、魔物に成ろうとするハセヲを、殺す。
弓がしなり――弾けた。彼へと駆け出す矢は、蒼炎をおび、螺旋のように這い進む。逃れようとする彼へ息つくひまもなく打ち続ける。ひとつでもかすめようものなら、炎は絡みつき相手を貪る。
「あ゛アァァあ゛ア゛ア゛ッ!!」
焼かれる痛みに咆える、彼。
それでもカイトは弓を引き続ける。
―― 彼が息絶えるまで ――
「(僕には……僕には……ッ!!)」
大切な人達を
こんな方法でしか救えない。
“ それは神の与えた罪 ”
矢は最後の一本となった。彼は火だるまで、地へと落ち身動きひとつない。
もう苦渋の断末魔すら聞こえない。
「………ぁ……ぁぁ……ッ」
吐息とともにこぼれる小さな悲鳴。振るえる手。涙が溢れそうになる。
それでも――この矢を放たなければいけない。
涙ぐみ、視界が歪んでも、カイトは外しはしない。
“ それは神の呪い ”
「ア゛アアアァァァぁぁぁあああぁあああぁッ!!」
最後の矢と共に、悲しみの叫びが闇を裂いて溶ける。炎は勢いを増し、まるで生き物かのように彼を貪欲に喰いつくす。鉄の味。焼けた人の臭い。それは罪の味と臭い。友の最期と重なり、深く脳に刻まれる。
どれぐらい経ってか、――ハセヲは灰と化し、そして風に乗り消えた。
カイトの腰には、剣が残されている。
愛用していた太刀。それは数少ない、彼の遺物。彼がいた場までふらふらと歩くと力なく座り込み、剣を手にとった。
“俺が死んでも大丈夫、また逢える。絶対だ”
数日前に彼は微かに笑いながらそう言った。輪廻を信じろ、と。
しかしカイトは知っていた。彼が
「……それでも、ぼくを想って言ってくれたんだろ……それとも、信じたかったのかな」
また、会えると。そう思わなければ諦めきれなかったのか――カイトを、残して逝けなかったのか。
地面て突き刺し、月明が照らし明るい中で――刃にハセヲの顔が映って、消えた。
そこに優しく口付けを落とし静かにはらはらと涙をこぼす。
「逢えるものなら……逢いたいよ……ッ!」
周りには茨が満ちていた。しかしそれは炎に焼かれることなくそこにある。炎はハセヲだけを滅し、途絶えた。――佇む茨には花も蕾も咲いていない。
その変わりに刃にはカイトが流している血で、紅い華が。地には、涙で刹那に咲いては枯れる、透明な華が
それぞれ、咲いた。
彼にもう美しい華は見えない。彩色を失った、世界だけが映る。