「カーイートー」
「!!」
グランホエール内で突然後ろから抱きしめられたカイトは身を堅くした。声色は恋人そのものだが声のトーンは少し高めで、回された腕は筋肉質ありつつもしなやかでほっそりとしている。それは彼であって彼でない人物。
「な、に?」
「警戒すんなよ。悲しいなぁー」
「ご、ごめん……」
いきなり背後とった者の言い草ではないとは思ったがとっさに謝ってしまうと「素直でかわいー」とクスクス笑う。
腕がほどかれたので向き合えば、恋人であるハセヲ――のような彼女。Xthの彼とは違い、2ndの装いで彼より後ろ髪がだいぶ長い。細くくびれた曲線の腰に熟れた唇、そして豊満な胸はとても女性的で艶美な雰囲気を醸し出している。
「トーセイ」
「え?」
「名前。決めたんだ。トーセイって呼んでくれ」
彼女は先日まで名前がなかった。何故かと言えば先日に生まれたばかりだったのだ。
彼女は放浪AI。詳細はまだ不明だが黙示録の獣と同様に、彼から形成されたNPCであることは間違いないとされている。
「あんまり女の子っぽくないね」
「似合うと思うんだけどな。変か?」
一人称は『俺』であり言葉もハセヲそのままで男らしいので内面的を考慮すれば違和感はない。カイトは首を横に振る。そうすれば花を散りばめたように愛らしい笑みを浮かべる。そういったところは非常に女性らしく、カイトは少し頬を赤らめた。
「カイトかわいー」
「……トーセイは綺麗だよ」
「ホント?」
「う、ん」
「んふ、カイトに褒めてもらえるなら、この容姿も悪くないな」
「……あの、」
「んん?」
「近い、んだけど」
話すごとに少しずつ狭まる顔と顔との距離。カイトは距離を保とうとするがトーセイは狭めるためまったく意味がない。
「カイトが逃げるからだ」
「君が迫ってくるからだよ」
「……それ以上逃げるとキスする」
「!」
無意識に一歩引いていた足をその言葉で思い直って戻そうとしたが、後ろはすぐ壁になっていることにハッと気がついた。トーセイはにんまり。罠にはめた獲物を見るその表情はハセヲが意地悪く浮かべるそのもので、カイトは内心焦りと戸惑いが膨らむ。
「じゃあ宣言通り」
身体を密着させて艶のある紅い瞳で上目遣いにのぞき込まれればもう動けない。振り払うことは容易いのに、それは世界を破壊するかのようにとても困難なことに思える。誘惑するような色づいた唇が触れそうになった瞬間、
「ッ痛ってぇ……!!」
トーセイの身体から解放された。カイトが視線をあげると彼女の背中まである髪を引っ張り、それはそれは不機嫌そうな恋人――トーセイと瓜二つの、ハセヲが立っていた。痛みに暴れるトーセイを乱暴に払うと、カイトの前に立ちはだかり、自分と同じ顔を鋭い眼光で見下ろす。
「テメェ、なにしてんだ……」
「……は? 見てわかんだろ? テメェこそ無粋なマネすんじゃねぇよ。人の恋路を邪魔する奴はデス★ランディにでも蹴られて死ね。今すぐ死ね」
彼より少し小柄なトーセイだが負けず劣らず鋭い視線でガンをつけ凄味を持って対抗する。双子のように似通うふたりの間に流れる険悪なムードは火を見るより明らかだった。
「テメェだ邪魔してんのは!!」
「ハッ、もっと笑える冗談言ってもらえますか、ハセヲサン?wどうみてもラブラブだろ、俺ら」
「ッ……ま、まぁ俺も寛大にだな……今ならまだ対処してやるよ……」
「羨ましいんだろ。つーか器ちっちぇのに寛大とかwそのへん笑えるwwwウケるわwww」
「……いい加減に、しろよ……?」
「『これ以上AI増やすな』って怒られてたハセヲサン、もとい三下はすっこんでくださいませんか。マジで邪魔」
「さ、んし……ッ!?」
「これからカイトとイイコトするから。混ぜてやんないよ、同じ顔があるとか勘弁だし。きもちわる。ねぇー、カイトー?」
鋭い目つきも一変、カイトに向けられたものはあまりにも穏やかなもので。向けられた本人に至ってはオドオドとハセヲとトーセイへ視線を行き来させて返答に困っている。そこにブチリと血管が切れた同じ顔。
「無理、限界……ッ! 表にでやがれ! くそアマァ!!」
「上等だゴラッ、返り討ちにしてやるよッ!!」
「す、ストップ! ふたりともストップ!」
ハセヲは双銃、トーセイは重剣を各々取り出し構えて臨戦態勢。此処ですぐにPKなんて生温いものではなく火花と血飛沫が飛び散りそうな決闘が始まりそうな空気で、グランホエール内で暴れるのはよしと思えないカイトは真ん中に入って声を張り上げ、制止する。
数秒睨み合いは続いたが、トーセイはすぐに剣をしまった。少し呆気に取られたふたりをしり目に、ゆっくりした仕草で髪を払いつつ「カイトが言うから従うだけだ。調子のんなよ、ヘタヲ」と毒舌を吐きながらカイトに近づき――ちょっとだけ呆けた彼の唇に、赤く色づく自らの柔らかい唇を重ねた。
触れるだけのそれだったがこれまた赤い濡れた舌でちろっと舐められてやっと行為に気がつき固まるカイト。目をむいたまま雷を撃たれたように衝撃を受けるハセヲ。ふたりのリアクションに満足げに口角を上げるトーセイ。
そのまま自然な動作で、耳元に愛しみを存分に含ませ囁く。
「次はもっとイイコトしてやるから――今はおあずけ、な」
カイトの顔が紅くなるよりも早くに、これまた自然な動作で身を翻すと、リングに包まれ姿を消した。
数秒の静寂が訪れて、
「カぁぁイぃぃトぉぉお……!?」
「はいッ!!」
般若がごとく憤るハセヲに詰め寄られ、カイトはまた違う意味で動きが止まった。
「少しは警戒心を持て!!」
「いや、ないわけじゃないんだよ……!」
あたふたと身振り手振りで説明しようとするが頭に血が上ったハセヲには頑として通じない。
「今のは浮気とみなすぞ!」
「なっ……ぼくのせいじゃないと思うんだけど!!」
「それなら少しは嫌がれよ馬鹿やろう!!」
「だ、だって……!!」
「あ゛?言いたいことははっきり言えっての!」
「……だって」
ジェスチャーをぴたりと止めてうつむき加減に口ごもるカイトに、気の立っているハセヲは詰め寄る。
「……あんなこと……ハセヲはあんまり言ってくれないし行動しないじゃないかッ!!」
そこで面を食らって次はハセヲが固まる番だった。
「そ、その……彼女……トーセイには、悪いけど……なんだか……ハセヲが積極的にぼくに構ってきてくれてるみたいで……嬉しいというか……そう考えてみると恥ずかしくもあって……嫌がるに嫌がれない……だろ……」
顔を真っ赤にしてそう消え入るような声で呟いたカイト。女性であるトーセイの魅力は感じている。顔も声も愛も同じ。しかしやはりカイトにはハセヲだけしか目に映っていなかった。いつもの彼らしくない言い訳だがあまりにそれは可愛らしいものであって、ハセヲは視線をそこらじゅうに巡られ、少し居心地悪そうに顔を背けると同じく真っ赤になってぼそりと呟く。
「……ごめん」「……ぼくこそ、ごめん」
(お互いその表情を伺うことなく)(愛を認識する)