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おめでとう、と――昔のように。
執筆:2010/03/03
更新:2010/04/04
「職業チェンジおめでとう、月長石」
「……」

 久しぶりにログインしたにも関わらずその間をまったく感じさせないほどの親しさを持ち、笑顔で祝いの言葉を今日において、人狼族ワーウルフの月長石となった俺へ贈ってくれるカイト。
 双剣士、拳闘士を経ての二度目に職業チェンジだ。

「巷じゃ、離れたモンスターも音もなく瞬殺しるから『暗殺者サイレンサーの月長石』とか呼ばれてる、って聞いたけど」
「……言うな」

 あまり、好きではなかった。その名を誤解してか掲示板に名指しした『PK依頼』がたびたび書き込まれることがあるからだ。強いプレイヤーと戦うのは好きだが、それは互いの了承があるからでありPKは、嫌いだ。
 モーションをあまりしないので表情が読めないに加えて、口数が少ない、というのは自覚していて――故にサイレンサー、暗殺者なんて皮肉な名がつくのだ――俺が一言しゃべるだけで誰もがすくむ。
 しかしカイトは違う。なにも表さなくても、内面をわかってくれる。今も「ごめんごめん」と微笑んでフランクに謝っている。真剣な話しのときは、心意に向き合ってくれる。
 カイトは誰よりも人の心を察知するのに敏感だ。だから、好ましく思える。

「強くなったね」
「……まだだ」
「そう? もしかして目標があったりする?」
「……フィアナの末裔」

 その言葉に少し驚いたようだ。カイトは目を丸くして「そっか、二人に伝えたらきっと驚くだろうな。それに負けないよう修行しだすよ」としみじみした口調で続ける。
 だが、それはまだまだ序の口だ。

「最後、目指すのはカイト」

 俺が目指す高みは――目の前にいるこの伝説の双剣士・カイトなのだから。

「…………え?」

 何の前振りもなく平手打ちを受けたようにポカンと抜けた声のカイトに、ゆっくりとした動作で拳を突き出す。彼も真剣な顔つきで――それでも微笑を携えて、俺と同じように拳を突き合わせて、言う。

「わかった。その時は正々堂々、闘おう」

 カイトと交わした、約束だった。俺が誰よりも強くなったとき実現するカイトとの試合を夢見た。


 ――それが果たされることは、なかったのだけれど。







「――天狼っ!」
「……」

 少し眠ってしまった、と気づいたのはこの赤髪の双剣士の喚き声を聞いて、数秒後。――懐かしい夢だった。

「なんだい、寝落ちかい?」
「……そのようだ」
「余裕だね、これからアタシと戦ってのに!」

 決闘、という名の試合を予定していたのだが、その前に少しウトウトとしてしまったらしい。相手は紅魔宮チャンプ・揺光。彼と同じ、双剣士。

「余裕に決まってるだろ」

 彼に比べれば、この揺光など霞んで見えるものだ。揺光が何かきゃんきゃんと吠えているが、視線を宙へ漂わせた。

 思い起こせば鮮明に甦る、昔。
 祖国からこの地に来て、日本語の勉強にとThe Worldにふれた。日本語が上手くないことを隠してプレイするには、無言が多くなる。故に『そういうキャラを演じている』という周囲の認識が強まり、引き返すことができなくなった。それについては当初の目的を忘れてその状況に甘え、改善することもなく過ごした自分が悪い。
 現実でも肉体的強さを求めていた俺は、仮想世界にもその強さを追求しだし、そして彼と出会う。
 彼の剣は、炎のようだった。剣筋はふるわれるたびにその流れをゆらゆらと変える。刃が獲物を捕らえれば灼熱の業火のように一撃一撃を確実に焼きつける。『蒼炎』――彼に相応しい二つ名。
 彼の戦闘センスは目を見張るものであり、それ以上に精神力に驚かされた。強き肉体には強靭な精神力を兼ね備えなければいけない――よく言ったものだが、まさに彼はそうだった。
 “黄昏”事件。ドットハッカーズの伝説を語るには、彼の存在が必要不可欠。だが彼の強さは伝説では語り継ぐことなどできない。目の前にして彼の強さ、人格、決意……すべてにふれることにより、彼というプレイヤーを理解できるのだ。

 彼は闇夜を静かに照らす月のようだった。虚ろぎながらもその闇のなかに確かに存在を示し、黄昏を越えて日の出へ導く明かり。
 俺は、彼を越えることができなかった。それに向かって吼える狼にしかなれなかった。

 だから決意したのだ。生まれ変わり、月になれずとも月と同じ空にて輝いてやろう、最も星々の中で光を発する天の狼になってやろう、そう誓った。

 シリウス――天狼、それがこの世界での俺の名。

 この世界で強さを手にしたとしても、彼――蒼炎のカイトに挑むことは叶わない。それでも俺は強さを求め、手にした時。
 カイトのプレイヤー、彼に会いに行こう。リアルでも会ったことがある、連絡先も知っている。

 強くなった、と拳を突き出せば彼は微笑みながら俺にならって、拳を突き合わせ、そして祝福してくれるはずだ。




天狼=月長石説。管理人の一時期脳内にあった妄想。
じつは月長石があんまりしゃべらなかったのは日本語になれてなかったからーとか、自分もゲームの中でも鍛えるのが好きーという共通点というか。『天』狼に『月』長石だし、とか(ムリヤリ
腕伝ごろには拳闘士にジョブチェンジし、それも極めて人狼族になってそうだな、とかも考えてました。アリーナでバル、オルを連れてたのは面識(カイトのパーティ)があって今の自分は二人に並べた、という自負とAIDAの情報(追跡者)とが合わさり具現化され幻影として現れた、とか。
まぁ完全無欠のヒドい妄想です。

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