探し人は見あたらなかった。
『 2010年 マクアヌ カオスゲート前 来て 』
差出人は、アウラ。簡素な一行に、イタズラかとも考えたけど、もし、本当にアウラなら。
彼女に、会いたい。
「こんにちは」
ふけっていると、声をかけられた。インしたと同時にキョロキョロと周りを見渡して、そのあとにボーっとしていたから、行動だけ見れば、初心者のように見えたからかもしれない。
「一緒に冒険しませんか」
いつもならそれなりの対処をしようとするけど、今は無理だ。彼女の名で送られたメールの真相を確かめなければならない。断ろうと思ったら、メンバーアドレスも差し出されて、戸惑う。どう断ろうか悩む頭のなかで、そのメンバーアドレスの名前を理解するには、少々タイムラグが発生した。
「……『アウラ』……?」
目の前のPCを凝視すると、確かにそれは彼女の顔で。しかし最近目撃されていた姿とは違ってた。
ぼくよりは小さいが、出会ったころとほとんど変わらない姿。長い銀色の髪がサラサラ流れる。白い肌にさした桜色の頬。澄み渡った空のように鮮明な水色の瞳。
服装は呪紋使い――エルクや司と同タイプのようになっていたので、気づかなかった。いや、ぼくの腰ぐらいまでしか背丈のない少女の姿を探していたから、認識するのも遅くなった。
驚きを隠せないぼくになんの説明もなく「メンバーアドレス、ちょーだい」と両手を差し出す相手。
「本当に、アウラ?」
半信半疑で問いかけても、彼女はその質問自体の意味が分からないといいたげに首を傾げながら、笑うだけ。早く、と急かされてアドレスを渡すと、PTに登録された。そしてアウラはカオスゲートに手をかざす。
あっという間に、光を帯びたリングに包まれ、視界が遮断された。
世界が開いて、気がつけば彼女の背中はもうエリアを駆けていた。
すぐにぼくも追いかけるけど、見る見るうちに引き離されてしまう。ついにはダンジョンに降りていって、姿を見失ってしまった。
石畳を走る音はぼくのものだけ。
十字路を前に、足をとめた。最初こそわからなかったがこのダンジョン、ここ、もしかして。
「『Δ 萌え立つ過越しの 碧野』?」
アウラを見た、始まりの場所。
目の前のをアウラが駆けていった。その顔は昔――スケィスに追われていたときとは違い、笑みがあったように見えた。
「アウラ、なにがしたいんだよ……!」
そんな言葉をひとりポツリと吐いたところで返事はなくて。地道に追いかけるしか、ぼくにできない。
同じような道をぐるぐる巡って、視界も思考も混乱してくる。
――彼女じゃないんだろうか。
――本当は別のPCが彼女のような風貌で、ぼくを誘い出してる?
――なにが、目的?
「アウラ!」
大声で、名前を呼んでみれば。彼女の鈴のような笑いがか細く聞こえる。もう、わけがわからない。
「……アウラ」
頭がオーバーヒートしてしまって、冷静になろうと足を止めた。息が上がるというよりはノドに詰まるような苦しさがぼくを焦らせる。
あのときと同じだ。
近くにいるのに。
この手は……――アウラに届かなかった。
「カイト」
背後からの声に、勢いよく振り返れば、彼女がいた。
「もう疲れた?」
あまりにあどけない、その無垢な表情。
そばにいるのに、あまりに彼女とぼくは遠い。
急にそう感じて。そんな陰鬱をぼくは飲み込んだ。
「……なんで、逃げるのさ」
「? カイトは追いかけっこ、嫌い?」
「……追いかけっこ」
「カイトと追いかけっこ、したかったの」なんて悪意のない台詞。彼女は外見こそ成長していたが、中身はあまりに幼かった。
「……あのメール」
「うん」
「どうして?」
「どうしてだと思う?」
「わかんないから聞いてるんだけど」
「質問が多いね、カイトは」
「そりゃそうだよ。いきなり、きみが現れたんだから」
「じゃあ、なんで現れたと思う?」
「……アウラだって聞いてばっかじゃないか」
「カイトが聞くから、私も聞いているの。フェアでしょ」
そんなこじつけ、笑顔で言われてしまえば、いろいろ問いつめたい気が音もなくしぼんでいく。
「一緒に」
「……」
「一緒に、冒険したかったの。私とカイトと、みんなと、この世界を一緒に巡りたかったの」
急に真面目な顔でそんな一言。心に居座る不快感が、なにか柔らかくて美しい感触の感情に覆われた。
そう、覆われた。
そこにあるけど、気にならなくなった。
アウラが生まれるため、世界は作られ。
アウラが産声を上げ、世界は動き出し。
アウラが眠るも、世界は歩んで。
アウラは消えたが、世界はそこにあった。
アウラは、いま、ここにいる。
エマ・ウィーランドの
ハロルド・ヒューイックの
――それだけわかれば、充分じゃないか。
心の中でぼくが呟く。反抗しようと気持ちを奮い立たせるも、それを嘲笑う。
――それ以上聞けば、アウラは行ってしまうよ。
――自分の無力さだけを感じて、この世界に残るのか。
――また目の前で失いたいのか。
電流のように走る、光景。
終焉の女王。なにもできなかった、無力な、
「……きみは、呪紋使い……だとぼくは仮定するけど、後方援護なんだから、前に出ちゃダメだろ」
そう力なく呟けば、頬をよりいっそう赤く染め、綺麗に笑って。手を伸ばし、熟れた頬に触れる。
ここにいるのに、とても遠い女神に触れる。
女神と、絶対の勇者
(苦々しい気持ちも、すべてすべて、女神の輝きの前では気にならない――ううん、気にしない)(そう、自分に強く言い聞かせた。そうすれば、きっと彼女は傍にいてくれるから)
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弱々しいカイトさん。懐柔されちゃうのは優柔不断とかそんなところだけではないはず。目の前でアウラを失ってもうそんなめはこりごりなわけですよ。今のアウラになにも聞けません。みんなみんな。
そしてなんで追いかけっこっていうかというと、司もカールも追われる立場になったことがあるので、そういうことじゃないですか……?
そしてなんで追いかけっこっていうかというと、司もカールも追われる立場になったことがあるので、そういうことじゃないですか……?