終焉の女神となって俺たちと対峙したあの女神は消えたはずなのに、なぜ。 しかも
美しい石像だ。近くで見れば見るほど、ただのグラフィックだなんて思えないほどあまりに繊細で、見とれる。
愛想を尽かした女神は、喪われし地へ舞い戻った。
しかし、なんのために?
――俺はなんでこんなにもあの女神のことが気になるのだろうか。
わからないからこその居心地の悪さ。いろいろ振り払って、グランホエールに戻ろうときびすを返し、扉を開けた。
光と一緒に視界に飛び込んできたのは、カオスゲート前の小さな人影。
先ほどの像が象っていた女神が、そこにいた。
大聖堂の影になっているのに、少女自身が光源であるかのように光を帯びている。
少しためらった――よくよく考えればなにをためらう必要があるのか自分でも疑問に思うが――足を踏み出し近づく。女神は俺をじっと見つめていた。髪色と同じ色素の薄い長いまつげに縁取られた瞳。その色は紫にも青にも見え、底の深い水面のように静まっている。
そんな大きな目を見ているとなぜか不安をあおられた。だから視線をそらして周りを確認する。あの司とかカールとかいうヤツらの姿は見えない。ここは一本道だから、二つの影しかないということは、ひとりで来たのだろうか。
先日から現れたこの小さな女神は、ふらっと現れては知らぬ間に消えている。探してるヤツが何人もいるが、けして見つからない。きまぐれな女神自身の意思で誰かに会い、そのまま姿を消す。目的も、行動の意味も、まったくわかっていない。そんな相手に会えたのは、偶然か必然か。
「ハセヲ」
名を呼ばれて、視線を戻せば、その瞳が俺を真っ直ぐ捕らえた。
「かこ、おもいだしたい?」
舌足らずな声で、ハッキリと告げた。『過去を思い出したい』か、と。
世界だった、女神。
俺の過去。よぎるのは、欠け落ちた十歳ごろの輪郭の曖昧な記憶。俺はその頃、入院していたはずなのだが、詳細はまったく思い出せない。しかし気にもしなかったことだった。昔のことなんてだんだん薄れる。それは当たり前のことだ。誰にだって起こる。
しかし些細なささくれを感じたのは、『死の恐怖』を、スケィスを受け入れてからだ。ただ漠然と記憶が極端に薄い小学校の高学年ごろ。いやに気になった。小学時代を知る同輩に話を聞いてもパッとしないし、両親に聞いても思い出せるものはなかった。
小さな手がかざされる。すると心臓が大きく早鐘を打つ。頭をかち割るように叩き込まれた光景が見えた。一人称視点で流れる映像、それはあまりに鮮烈だった。
目の前で、PCが倒れた。志乃が未帰還者になった直後かのように、グラフィックが散りじりの壊れ、消えていく。別の画面に切り替わると、誰かの背を追う。それはどこか知っているような容姿だったけど、膨大な映像をむりやり詰め込まれるような圧迫感に激痛が走る。膝をついてうずくまった。
いたい、いたい、くるしい、たすけて――幼い声が耳をかすめる。
俺の声だ。
なぜだか、そう、漠然と思った。
「――――ハ……ハセ……ハセヲっ」
パチン、と電源のオンオフが切り替わるような音がした気がして、激痛はなにもなかったかのように収まる。顔をあげると、女神が俺の前でぺたんと座り込んで、泣きそうな表情でいた。
「いたい……? ハセヲ、いたいの……? ごめんなさい、わたし……そんなつもり……、……ごめん、なさいっ……」
「……あ、うら」
か細い声しかでなかったけど、それは女神の名前で。自分で驚く間もなく、腕が伸びる。白い首筋から目が離せない。あまりに細く、この手でも簡単に折れてしまえそうな首。真っ白な皮膚に触れる。碑文使いの俺には、その熱は指が焼けそうなほどのものだった。その指が止まる。今、なにをしようとしたのか。
首を掴もうとした――いや、絞めようとした?
ざわめく心。抑さえようとする理性。手が首に添えられたまま、微動だにできない。女神は反発するでもなく俺の顔を見て、まだ心配そうに陰りをのぞかせてる。
――この女神を、俺は知っている。
なぜだかそう思った。先ほどの映像がよみがえる。脳味噌を物理的に攻撃するかのような痛みはないが、そのビジョンは心をえぐった。
アウラ。昔、俺が、殺そうとした少女。
「……ああ、思い出したよ」
昔スケィスに囚われていた俺が、『死の恐怖』を受け入れた。これは、なんの因果だろうか。
もしかしてスケィス、お前が俺を探し出したのか。
答えは謎でもいい、しかし問わずにはいられない。
スケィス、お前は、この女神をどうしたい?
ようやく腕が、動く。首筋に触れた皮膚の感覚が遠ざかる。
かわりに、両の手が女神をとらえた。
「!」
その身体はまさに羽のように軽かった。
抱き上げると少し驚いて、首に腕をかけた女神。また触れるその体温はやはり火傷するかのように熱くて、脈動を感じれば生きていることを知って。
心の底が小さく、うずく。
――俺が楚良だったころ。
スケィス、お前のなかにいたとき、俺を通じてたくさんの感情を知ったんだろ?
モルガナに逆らえないお前が、俺を捕らえたことにより別の意識を芽生えさせた。『人間を知って』成長を見せたスケィスを、あのモルガナは、まるで女神のように恐れ――八つに引き裂いた。
産まれ堕ちたのは、イニス、メイガス、フィドヘル、タルヴォス、ゴレ、マハ、コルベニク、そして搾り取られ残った、スケィス。
もとよりアウラを壊す人形は八つの相となって、力を分散させた。そのとき、不要な『成長』も根絶やしにした。
お前にとってそれは不幸だったか、それとも……。
わからないけど、今、女神を殺そうとしなかったのは……つまり、赦されたかったのか。
殺さなければいけない、そう思っていた日々があった。
どうか生きていてほしい、そう望み、消えた瞬間があった。
そうなんじゃないのか、スケィス。
あのモルガナが女神の『母』なら、お前は女神と姉弟ということになる。それは人間の定義した関係だけど、人のように育った女神と人を知ったお前は、通じるところがあったんだよな。
――俺は、知ったよ。知ってたよ。今まで、忘れてたけれど、ちゃんと思い出した。
……これで俺は、今度こそ、本当に。スケィスを受け入れられたのかもしれない。
「スケィス」
女神と、運命に翻弄された異母姉弟
(名を呼び、俺の背後に手を伸ばした女神。見えているんだろうか)(今や姿を変えた、同じ者の存在を)
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楚良を通すことによって人間を知り、人と同じような感情なるものが芽生えた為にモルガナに八相にされた、というのLinkでいうスケィスゼロという解釈です。
前に書いた通りコンセプトは「アウラが愛されればいいんだぁ」であるからして無理矢理な設定でも気にしたら負けであります←