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D.C.-ダ・カーポ- 1週間編 火
明日になる前に、いっぱい愛している彼と笑っていおう。
執筆:2007/04/12
更新:2010/08/21

 ――ふと目が覚め、時刻を確認してみるとちょうど六時になるところだった。仕事を取られたケータイのアラームの文句が鳴り響く前にリセットして黙らせ、起き上る。背伸びをして身体をほぐせばなんとなく身体が痛いのは久しぶりにベッドで寝たせいだろうか。昨日の夜に勉強部屋で寝ようとしたぼくを軽く怒鳴りながら彼は隣の敷布団で就寝した。
 カーテンを開くともうだいぶ明るい。風はあるが蝉の音とあいまって夏というこの時期特有のねっとりした暑さを全身で感じた。敷布団からもぞもぞと這い上がった彼に気がつかなかったら盛大に窓を開けていたかもしれない。
 怠慢な動きで上半身だけ起き上らせて何もない目前をぼんやり見ている、彼。窓から離れて「おはよう、起こした?」と聞いてみたが「うー……」と返事だか唸りだかわからない返答をもらった。
 まだ眠いのか。朝が弱い、というのもあるかもしれないし初めてきた場所だし緊張して眠れなかったとか、いろいろ可能性がある。「まだ寝てていいよ」と声をかけるとうこれまた怠慢な動きでうなずいて枕に頭を沈ませた。なんかすごく素直で微笑ましくなる。

 そのまま静かに部屋を出てキッチンに向かった。昨日買ってきた食材たちがほどよく入った冷蔵庫を開ける。

 彼はパン派だろうか、それとも御飯派だろうか。
 朝はキッチリ摂った方が……いや……寝起きってあんまり食べれなかったり……?
 玉子とか大丈夫かな? 昨日中に好きなもの聞いとくべきだった。
 汁物どうしよう? 御飯の場合は味噌汁だし、パンの場合は牛乳……でもそれも好き嫌いでわかれるんだよな。ならいっそ珈琲とか紅茶にしてしまえば……しまった。紅茶は切らしてる。昨日買っとけばよかった。

「……献立で悩むの、久しぶりだ」

 思わず声に出たそれに、苦笑しながらも嬉しい思いを噛みしめる。一人でいることの多かった彼だが料理は作った事が無いらしく、親がいないときはコンビニや出前、もしくは外で食べるなどして済ましていると聞いて昨日の夕飯をぼくが作った。料理は苦手なわけじゃない。だけど自分の食の細さ、大学の課題などに費やす時間、さらにバイト時間などを惜しみ出したら『さほど気にしなくていいか』などと思い始め、手軽にできるサラダ等しか普段作らなくなってしまった。しかも最悪な事にそれで普通に生活できてしまったので“まったくをもって気にならない状態”に。
 だが、お客がいると思えば別。ましてや相手は恋人。手を抜くなんてそんなことはできないし、何よりどうせなら「美味しい」と言ってもらいたい。
 そう思いつつ端正こめて作った料理を彼は「美味い」こそ言ってくれなかったがおかわりをしてまで残さず食べてくれた。それだけでも嬉しかったから、気合いを入れて今朝の食事に取りかかろうと意気込んでみた次第。

 頭の中で思考錯誤するなか、ケータイが鳴る。有名な凸凹コンビの刑事が活躍するドラマの主題歌。選曲が古いだの本人から文句を付けられたが、これが鳴ると一瞬で誰からかかってきたかわかるのでぼくは気に入っている。

「はい」
『もしもし、起こした?』
「…………あ、れ?」

 通話ボタンを押してみて少し驚いた。想像していた人物ではなく、その弟だと認識するまで時間はかからなかったがマヌケな声を出してしまったな、と少し恥ずかしい。

「ビックリさせないでよ、一瞬誰かと」
『うん? あぁ、姉ちゃんのケータイからだから……ごめん、ごめん』
「で、どうしたの? ……ってあぁ、今日……」

 そこまで考えて申し訳なさで言葉が詰まる。

「……ごめん、行けなくて」
『仕方がないよ。そういう日もあるって』

 今日、予定では大切な“相棒”の晴れ舞台なのだ。『相棒』は社会人になってからもアマチュアでテニスを続けていてときどき大会に出場しては栄光の美を飾っている。本選などの大きなものは応援に今もかけつけていたのだが、今回は事情により行けなくなったと連絡した。事情というのは今も奥の部屋で寝ている彼を家へ呼んだことに他ならないのだけれでども。
 実は学校で彼を誘った時「大会のときには雨じゃなければいいな」などと直前までは思っていたのだ。――それが彼と話していくなかでまったく頭から抜け落ちていった。顔には出さないようにしたが、リアルの彼が知りたくて知りたくて心の中では必死だったのだ。のちに思い出したときには後の祭りで、罪悪感ときたら悲惨だった。

 ごめん、相棒失格で――今も心のなかで深々頭を下げる。

『と、まぁ言いつつも……ちょっと相談があるんだ』
「? なに?」
『急で申し訳ないんだけど、もしもさ、もしも、姉ちゃんが今日の試合で優勝したらお祝いに戒仁の家で飲み会を……とか考えてるんだけど、どうかな。明日空いてる?』

 いつもだったら二つ返事で了承するところだけど、迷ってしまう。

「うーん」
『なんか都合悪い?』
「今、家にお客さんが来ててさ。未成年なんだよね」
『え、泊まり込み? ……なになに、戒仁にもいよいよ春が来た?』
「ははは。……男だよ」
『なんだ、男か。よかったねー、カノジョじゃないってさ、姉ちゃっイテッ殴るなよ!』

 “相棒”も近くにいるらしい。ほんと仲のいい姉弟だなと頬を緩ませながら――さて、どうしようか。彼からすれば知らない人と同じ空間にいるのは苦痛……とまでいかなくても気が休まらないのではないだろうか。だからといって飲みに行けばこの家に彼を一人きりにさせて本末転倒だ。

『ダメかなー?』
「んー……」
『それがあるって思えれば姉ちゃん頑張れるんだってさ。優勝間違いなしだって』
「……」

 “相棒”には優勝してほしい。それを祝いたい気持だって本物だ。
 長年の付き合いの“相棒”より、大切な“恋人”との時間を優先したこと、うしろめたい。
 ――酒盛りの場を提供するぐらいしなければ、罰が当たるかもしれない。

「わかった。ここでよければ」
『やった! サンキュ!』
「でもあんまり長居させられないけど」
『大丈夫。俺は明日講義一限からだし、姉ちゃんも仕事』
「あと、ぼくのお客さんにお酒すすめないでね」
『そんなに下なの? 未成年っていったけどいくつ?』
「高一」
『そんぐらいの歳なら普通に飲んでたって』
「…………」
『……あ、いや……その』
「…………」
『……ゴメンナサイ、わかりましたちゃんとお茶かジュース多めに買ってきマス』
「……そうして」

 無言の圧力をかけてみるとすぐに訂正した。互いで買うものを確認して電話を切った。そして「あぁ……明日は嵐か……」なんて苦笑交じりにひとりごちる。

「……なに、天気悪くなんの?」
「! ……ビックリした。ううん違うよ」
「……あ、そ……」

 眠たそうな眼をしばたたかせつつ彼が部屋から身体全体をひきずるようにして出てきた。「眠い?」と聞いてみると「……すぐ、まともになるから」と洗面所へ。

「まだ寝ててもよかったのに」

 少し声を張り上げて投げかけると「……そうもいかねぇだろ……手伝えること……ねぇけど」と張りのない声が返ってきた。

「気にしなくてもいいよ。お客さんなんだから」
「……」

 勢いのいい水の音が何度か聞こえてから、数秒で先ほどより――変な表現だが軽快な、ちゃんと足を着いている、打って変わった足音が戻ってくる。先ほどより目の冴えた、表情。引き締まったそこからゲーム越しから伝わる彼らしい雰囲気が感じ取れて少し驚く。

「……戒仁」
「……なに?」
「……」

 なに言われるんだろう、と不安半分期待半分。続く言葉を待っていたら。

「……おはよう」

……………………ぷっ。

 その真面目な顔で、真面目な声色で――別に笑う場面じゃないのに、顔が緩んでしまって。耐えたつもりが、ちょっと吹き出す。

「あ、ってめ、笑ったな!!」
「ご、ごめ、いや、なに言われるのか、と……ふふっ」
「……あ、挨拶ぐらいちゃんとまともに覚醒してからとか思ったんに……くそ!」

 そういえば挨拶をしたときは彼は半分意識が夢の中に浸っていたようだったから、自分はしたつもりでも彼は違ったのか。ちょっと悪いこと、したなと思いつつ。


「おはよう、ハセヲ」

 おはよう、と起きてから初めて言い合えるなんて、考えてみると夢みたいだ。今日はまだ始まったばかり。こうやって知らない彼をたくさん、たくさん、知りたい。















横(近く)で眠ってる戒仁が気になるくせに据え膳で真夜中じゅう悶々とし眠れなかった純情高校生三崎くんとかだったらウケる←
そして『泊まりにこさせたくせに明日には家開けて飲みにいく』という矛盾行動をさせたことにやっと三年たった今ごろ気が付き軌道修正に走った管理人。ハッ、ウケるorz

前ブログ時に『水曜日』は戒仁が飲みに出かけちゃう話だったんです。で、別のSSで“相棒”+その弟と飲んでるやつも(頭の中では)書いてました。それ晒す前にブログ閉鎖してたという。うん、脳内で完結してたんです。一番やっちゃいけないパターンです。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい(土下座

ほんとはふたりを背中合わせでひとつのベッドで寝かせようと目論んでました。しかし戒仁は今も訪問者が多いので敷布団二組ぐらい常備してるか、と思いたってやめた。ごめん、亮くん。
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