教えてもらった住所とネットから落とした地図を照らし合わせて、目的地に到着。そこには同じ外装の建物が二棟横に並んで佇んでいる。日当たりがよくてそこそこ綺麗、デザイン性は求められていないようだがシンプルさ漂う彼の好みそうなマンションだった。フロアに入ると管理人室に郵便受けとエレベーター、それから階段があって無意識に郵便受けに目がいった。お目当ての部屋番号には『日向』と書かれているのを確かめて場所が当たっていることがわかり、バスで乗り間違えたときは内心小学以来の慌てふためきを覚えたが時間ギリギリに間に合ったことに一息ついた。しかし個人情報の取り扱いに騒ぐご時世だというのに名字のみとはいえこんな場所に晒しておくのはどんなものか。郵便受けを見る限り十二部屋あるようだが彼をいれて三人ほどしか名は書きこまれていない。確かに荒れの少なそうな土地だし俺が神経質になりすぎなのか。
そんなこと考えつつエレベーターのボタンを押そうとして表示されているのは最上階と気づくとすぐに階段を選択した。来るのを待つより早そうという理由だったがそれは誤算で彼の部屋は『502』号室で階段をどれほど登らなければいけないかを考えなしで行動してしまった。息こそあがらなかったが気温に後押しされ汗だくでもあり『エレベーターを待つのも我慢できないほど彼に早く会いたくて居てもたってもいられない恥ずかしいヤツじゃないか』と少しうな垂れたい気分になる。
まぁ目の前に彼の部屋があったのですぐに気は取り直されて大きく深呼吸。現金だなと自分に呆れつつインターホンを押した。小さなカメラが見受けられるのでそれで人物を確認できるのだろう。そのうち機械を通した声が聞こえてきた。
『はい』
「……俺だけど」
『時間ピッタリだね。今開けるよ』
部屋のなかで動きがあったのでしばらく待機してみればカチャっとロックの外れる高めの音が二回聞こえ、開いたドアの前に彼は立っていた。
「いらっしゃい」
「……コンニチワ」
今でも信じられない事態だった。今日、三崎亮は恋人の家に泊まりにきたのだ。
家具は最小限、テーマとかがあるわけじゃないだろうがシックにまとまった印象を受けるさっぱりとしたリビング。だからといって生活感ないわけではなく、出されっぱなしの洗濯カゴとかラックにさされている今どき珍しい新聞の束とか、どこかのサッカー選手の写真が載っているカレンダーや大切そうにしまわれてるサイン入りのサッカーボールなどもある。一人暮らしには広いであろう2LDK。そのことを指摘してみると「親が奮発してね」と困ったように苦笑いで答えた。
此処が“カイト”のプレーヤー『
「そこがトイレと風呂場、あっちは……勉強部屋っていうのかな」
「へぇ……見ていいか?」
「机とか本棚とかしかないよ」
そういいつつもドアを開けてくれる。そこには机と椅子、それからデスクトップパソコン見受けられず……カーテンがひかれやや暗い。だが部屋の壁一面をを占める本棚にはびっしりと本が敷き詰められていた。そこに入りきらなかったモノだろうか床にも山として置いてあって勉強部屋というより書斎と言われたほうがピンとくる光景だった。
「すっげぇ……本ばっか」
「いまどき、とか思った?」
「別に。電子書籍嫌いなヤツもいるもんだし」
「よかった。……苦手でさ、画面に映る文字は『ただの情報』にしか感じ取れなくて。ハウツーとかならまだしも文学系は読む気が……ね」
「にしても多いな」
「文学専攻してるから色々資料を買ったりしたらこうなっちゃって。新しい本棚は買えるけど置く場所がなくてちょっと荒れてる」
「……へぇ……」
この感じを見ると生活には困っていないのがうかがい知れ、亮は少し胸を撫で下ろす。自分が泊まり込みにきて家計を圧迫するのではないかと考えていたからだ。 次に案内されたのはクローゼットと小物と雑誌が置かれた小さな棚とベッドしかない部屋だ。カーテンが開いていてるせいだろうさっきと対照的に明るいく、ベランダもあるのがすぐわかった。
「そこのベッドで寝て」
「ん? お前は?」
「ぼくは勉強部屋で寝るから」
「……それらしいモノなかったけど」
「普段から机に突っ伏して寝ちゃったりするんだよねー」
あはは、ととぼけたように笑う。思わず亮は仰天して目を剥いてしまった。「はぁ!?」と声を荒げて問いただす。
「こっちの部屋は寝る為だけのような部屋になっちゃってて。でもいつも向こうで寝ちゃうから此処も片づけて本棚を入れようかなぁ……なんて考えてたり」
「……お前なぁ……」
「ほっ、他に気になる場所ある?」
亮の雷が落ちる察知し、慌ててさっさと部屋を出て行く戒仁。その背中に半ば呆れながら眺め数秒、考えを巡らせる。
「あ、あれ確認しねぇと」
「え? 何処? いいよ、見て」
話しが変わってホッと油断したのか少し投げやりに言った。なにが出てくるか怖くもあるがお言葉に甘えて、と見させてもらおうと足を進める。
「冷蔵庫」
「やっぱりダメッ!!」
キッチンに向かっていた亮の前を即座に通せん坊する。だからといって背は高いが細いので彼を遮れるような壁が如く圧迫感はない。しかも顔を軽く引きつらせて目は頻りに動き回っている。かなり焦っているのが手に取るようにわかって、威圧感ゼロだった。
「……何にも入ってないんだろ」
「いや……そういうわけじゃ……」
「完全に目が泳いでてまったく説得力ない」
「……先に買出しに行くべきだった」
観念したようにうめき声をあげてそう呟く戒仁をしり目に、一人暮らしにしては少し大きめな冷蔵庫前に立つ。小さく深呼吸をひとつ――想像として心構えは少し。扉に手をかけ、いざ。
冷蔵庫、醤油、ソース、ドレッシング。
野菜室、ニンニクがひとかけら。
冷凍庫、氷。
バタンと静かに閉めて、現実の情報整理を開始。
想像としては加工食品とか冷凍食品とか飲み物ぐらいはあるだろうと、予想……いや、期待していたのだが見事に覆された。なにが出てくるか怖くもあったのに、現実にはなにも出てこなかったという結果だ。周りの棚などを開けたり見渡してみて、菓子はあることが確認できる。しかしレトルトやカップ麺といった『一人暮らしだしそれぐらいは持ち合わせているだろう』食品は見受けられない。さらに考えてみれば主食とされているであろう米の姿がない。もしかしたらパン派かと考えるがその影も形もなく唯一あったものといえばお好み焼き粉とホットケーキミックスぐらいだろうか。どっちも未開封である。
考えを巡らすなかで徐々に沸々とわき起こる怒りの感情。息を大きく吸って、振り向いた。そっと後ずさっていた戒仁だったが逃がす気は毛頭ない。
「本当に何もないなんて思ってもみなかったぞッ馬鹿!」
「な、なにもないわけじゃない……」
「調味料だけ入っても意味ねぇだろ! 大体だからそんなに身体ガリガリなんだよ! どれ位の間このままなんだ! 正直に言ってみろ!!」
「ぇ……一週……い、いや、よ、四日……ぐらい?」
「今の一週間は聞かなかったことにしてやる、が最後の疑問符はなんだ!? 食品管理ぐらい普通に食えばできるだろ!!」
「で、でも野菜はあったんだよ! 今朝食べ終わって……」
「あの流しの三角コーナーにある萎びたキャベツのことか? あまりにも古くなって白菜以上の白さのように俺には見えるアレを食ったと?」
「……ごめんなさい。食べてないです……」
詰め寄ってその迫力に蹴落されて、やっと正直に答えた。
「動物性たんぱく質を摂れ!! 本棚買う資金があるなら肉買え!に・く!!」
「う、うん」 「まずは買い物行くぞ! 食材調達っ!! 金は俺が出す!」
「ええっ?!いいよ、そんな……っ」
「反論は受け付けねぇ!」
さっさと財布を片手にドアへ向かう亮。後ろで「いいよ、ぼくが……」と貴重品を手に反論しつつ追いかけてくる律儀な戒仁を察知し、あきれ、顔だけ振り返る。
「これから世話になるから少しぐらい恩返しさせろよ、ばーか」
素直に口からこぼれた本音だった。
なにかしてやりたい。これぐらいさせてほしい。でなければ、肩身が狭すぎる。あっちでもこっちでも戒仁の世話になるなんて、俺カッコわりぃじゃん。こんなワガママ言うほうがカッコわりぃってわかってるけど、上っ面だけでもカッコつけさせろよ。
短いながらもお互いを知ろうと努力したふたりは、それだけですべてでなくてもわかり合える。
戒仁はぽかんと一瞬して、諦めたように笑う。亮の心境を悟ってくれた、そうわかる微笑。ああ、やっぱり『カイト』だ――そう何度目かの認識と照れを隠すようにもう一度「ばーか」と呟いドアを開けた。戒仁は鍵だけを持ってするりと横を抜ける。施錠し、一緒に歩き出した。
「ハセヲってバイトとかしてるの?」
「……まぁ、いちおう」
「なんのバイト? コンビニとか?」
「……絶対言わねぇ」
「えー、売上貢献するのに」
今でも信じられない事態だった。今日、三崎亮は恋人の家に泊まりにきたのだ。――いろいろ煮え切らない思いがあるが、肩と肩が触れ合って、言葉と言葉が折り重なり、あの優しい笑みがそこにあるから、亮も戒仁も自然と笑い、
そこにある現実を、幸せに、想いが馳せる。
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