「ハセヲは、自分は『何色』だと思う?」
「……はぁ?」
「最近ね、特殊NPCが戦隊ヒーローみたいなイベントをおこしてるらしいよ」
「……あー、それでか?」
「うん。懐かしくない?そういうの」
「……俺、そういうテレビ見たことあんまないから」
「そうなの?」
@HOMEで志乃にいきなりのトンチンカンな質問を振られた。まぁある程度わかるけど……どっちかというと仮面かぶった変身ベルトの方を親に隠れて観てた口なのだが……。まぁそれは伏せとこう。なんか格好つかないし。
「オーヴァンは……青かな。匂坂くんは緑? タビーはピンクかな」
「……それ、PCのカラーリングじゃん」
「うーん、やっぱり視野情報が優先されちゃうんだよね」
「じゃあ俺は差し詰め……――」
黒ってところか。
そう呟こうとした瞬間、眩暈。
『ハセヲは、綺麗な紅色だね』
志乃でも、俺でも、この黄昏の旅団の、誰のともわからない声。画面が乱れる、一瞬。その一瞬の、砂嵐。
ザー……ッ
ノイズが響いて不快な耳鳴りが高まる。聴覚の訴える警告に視界を塞ぐ。まるで雷に怖がる子供がうずくまるように。
高音が遠ざかるのを待っておそるおそる瞼を開いた……――のだと思う。
気がつくと草原に立っていた。
……あれ、俺、さっきまで@HOMEにいたんじゃ……
目の前にいたのは、見たことがないPC。
NPCだろうか。今までに見たことがないタイプの外見――だったと思う。
地平線の向こうには太陽の光がこちらを指していた。黄昏……いや、黎明を見据えた存在は、形を掴むのもやっとなほど見分けがつかない。
『ハセヲは、綺麗な紅色だね』
今度は声はなかった。文字だけが、頭に浮かびあがった。それだけなのに、目の前の人物が喋ったのだと理解する。なんでだろう。今まで出会ってきた誰よりも、優しくて、不安を煽られる声だ。
「……お前のほうが、赤いって」
俺がなぜか喋った。声をだしたつもりはないのに。
影に潰れるPCは、口の端をゆったりとつりあげた。PCのテクスチャーと言うにはあまりにも――不気味なほど、自然で不自然な微笑。
『PCとしてはぼくの方がそうかもね。でも……ゾッとするほど――』
紅い、紅い、死の色だ。
不吉な文面の文字列。
手を差し出される。普通なら躊躇するであろう俺は、その手を自然と掴もうと同じくゆっくり手を伸ばす。まるでこの見たことないPCを信頼しているように。
顔は見えない。見えないのに――泣いているように思えたのは、なぜだろう。わけがわからないのに胸が軋むのは、なぜだろう。どうしようもなく心が乱れるのは、なぜだろう。
なにか呟こうとした瞬間、また眩暈。
画面が乱れる。画質が粗くなる。ああ、いってしまう。消えてしまう。もう少しで、届きそうなのに。もう少し、で、おモiダ、se$%uナno、ni――
視界が灰色になっていく。
砂嵐の音は大きく鳴りつづけ、追撃するように耳鳴りが蹂躙する。そんな耳障りな子守唄が気を遠くする中で。
ポーン……
――ああ、おれをよぶ この おとは ……なんだっただろうか 。
「ハセヲ」
耳鳴りが費えたのを最後に瞼を開くと志乃が覗きこんでいた。
……あれ、俺、……どうして。
「……ハセヲ?」
もう一度、心配そうに問いかけてくる。……視点がおかしい。どうやらPCが倒れているらしかった。急いで身体を起こす。
「席外したのかと思ったけど、PCがそのまま倒れてね。異常だな……って思ったの」
立ち上がってコントローラーの調子を見る。とくに問題ない。ちゃんと動く。
少し頭痛がきて、頭を押さえた。……あの映像、なんだったんだ?
「悪い。……寝落ちだと思う」
「本当?」
「ん。問題ないから」
「……ねぇ、どんな夢見たの?」
夢? アレが……?
「なにか見たんだね」
「……」
「思い出せる?」
「……あー……」
……
…………
………………あれ……?
「……何だっけ……?」
「……」
ついさっきまで覚えてたのに……忘れている。
あんなに鮮明な映像、だったのに。
「……」
「……人は寝てる時、絶対に夢を見るんだって」
「え?」
「ほとんどがレム睡眠とノンレム睡眠を交互に繰り返すことによって、その夢の内容があやふやになってしまうんだって。あんまり専門的なことはわかんないけど、そんなことが医学書の研究一例に書いてあったよ」
「……へぇ。でもノンレム睡眠とかって確かけっこう時間差があったよな。俺そんなに長い間、寝落ちしてたのか?」
「重要なのはそこじゃなくて」
「……」
「夢は忘れるってこと。そうしないと現実と混合してしまって、日常生活に悪影響を及ぼす危険があるから」
志乃は笑みを携え、優しく囁く。
「分かんないなら大丈夫。きっと『どうでもいい夢』だったんだよ」
優しい……のに。
その言葉はあまりにも残忍な意味を孕んでいる――ように感じた。
だからだろう。
「違うッ!!」
キッパリと、即座に否定を口にしたのは。
え? と、志乃が目を丸くする。俺も驚いた。開いた口が塞がらない。
「……あ……いや……」
そして口ごもる……夢自体覚えてないのに……なんで否定してるんだ?
「……悪い、もう今日落ちる」
気まずさと、頭への針を刺すような痛みに追われるようにログアウトを選択する。身体に転送リングが巡り、光に視界が塞がれていく間に自然と唇を噛みしめながら俺は漠然と思う。
あれはどうでもいい夢なんかじゃなくて、いや、夢ですらなくて。
それがなんだったか思い出せないけど。
もっと、もっと、大事なもの……だったような気がするんだ。
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