瓦礫の山に登り、足場に気をつけながら少しずつ崩していく。目に入ったは仕様にあるものより六分の一ほど小さな宝箱。手にとって開けてみれば音声データが再生され、思わず手から落としてしまった。その衝撃で蓋は閉じられ音は止まる。慌てて拾い、また開いて高く美しい音色に耳をすませた。検索の結果『オルゴール』だということが判明。誰がこんなモノを作ったかわからないけど、此処に棄ててあるなら僕が貰うことにしよう。
此処はネットスラム。スーパーハッカーである女王の統べる楽園。此処のデータの山と化した瓦礫を散策しては、気に入ったモノを貰っていくのが日々の日課。許可なんて取ってこそいないが万が一にもあの女王が、僕のやってることを知らないわけがない。なのに何も言いやしないのだから勝手にやらせてもらっている。
こんなオルゴールを模したデータなんて、このゲームでの使い道のないチート。技術の誇示か、はたまは気まぐれか、意味なんてないのだろう。何にしたってこういった棄てられたモノを発掘、収拾し続けている。
「カイト、珍しがるかな」
もともと、こんなことをしだしたのは偶然だった。カイトを待つ時間、ネットスラムを放浪していてふと目にとまったあるデータ――その時は確か黒白の球体……『サッカーボール』というもの――をカイトに見せたのが始まり。カイトはたいそう喜んでその用途を教えてくれた。プログラムもきちんと成されているようで蹴りつけると転がったり跳ねたり。僕も見よう見マネでやってみたが上手くいかず少し笑われ、悔しかったのでときどきカイトに秘密で練習している。そんな記憶を引っ張り出して『いつか上手くなってカイトを驚かせてやるんだ』、そう思いを馳せて頬をだらしなく緩ませる僕を――異質な強風が凪いだ。
《 彼らが動き出した 》
「!」
その一瞬に、鈴が鳴るような慎ましくもハッキリとした声を聞いた。その声は続ける。
《 もう、時間がない 》
すぐに行かなければ――反射的に、僕は自身をある場所へ転送させた。輝くリングが覆うなか後方にちらりと視線を向けると、そのには僕の胸下ほどの背しかない、サフラン色の髪の少女が場に佇んでいた。
「終わりが近づいてる」
少女も振り向き、さきほどの鈴のような声でそう呟く。あの紫苑の大きな瞳が女神を思い起こさせて、僕は嫌いだった。だから――というわけじゃないけど、僕は何も言わず答えずネットスラムを後にした。
西北の風の女神は憂いを宿したその瞳を、僕を案じるかのように最後までそらすことはなかった。
奴らの形跡を探してみれば、行くべき場所はすぐにわかる。同じフィールドに転送し、その光景を覚悟して見据えた。見えない力で吊上げられ、磔にされた聖人のような姿のPC。つんざく悲痛な叫びが地を揺らしていた。次の瞬間に腹は割かれ、美しく妖艶に輝くデータが体内から奪われる。来なければよかった、見なければよかった――そうすぐに後悔する。それでも視線を反らすことを僕自身が許さなかった。これから起こりうる現実のために、僕は考えなければいけない。それと同時にもはやモノでしかなくなったPCボディは、塵を振り払うが如くぞんざいに宙より落とされる。
「……ばいばい、兄弟」
絞り出せた声は自分が驚くほどかすれていた。あの母より創られた八の兄弟。僕と同じく遺された第六相、マハ。――おやすみ、と言えればこの心は波立たず平静であったのに――そう思うと胸を閉塞感が襲いくる。喉をかきむしり、少しでもその苦しみから逃れたく思う。その思考を振り払い――投げ捨てられた場所に、知る呪紋使いが見えたが――場を離れることを優先した。奴らの見えない無数の不快な視線が僕に向いているのがハッキリと感じとれたからだ。いや、本当はあの呪紋使いから吐かれるであろう負に満ちた絶叫から、無意識のうちに逃れるためだったのかもしれない。
聞きたく、なかった。その姿にカイトを重ねてしまうかもしれなかったから。
『いつか上手くなってカイトを驚かせてやるんだ』?――とんだ戯言だ。
いつかなんてない。
もう時間は、ない。
カクゴヲキメロ
(あの優しい反存在を傷つける、覚悟を)
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