「……
The World R:2――それはこの世界の終焉後、光を見る世界の名。そこにこの場所も偏在し続ける、そうクビアは確信していた。誰にも見つかることなく、ただひっそりと紅い花は咲き続けるに違いない、と。
「……なんでこんなところに来たんだろ」
自問するクビアの表情はいびつに自傷的笑みを浮かべていた。花を射殺すように見つめ、その場を後にする。
紅い花は、やはり何も答えず静かに揺れるだけだった。
「……なぁ、出てこいよ」
The WorldであってThe Worldでない、どこまでも続きそうですぐそこで尽きてしまっているような息苦しささえ感じられる白き空間にクビアは漂い、女神を呼ぶ。
「聞こえてるんだろ……!」
一向に返事はない。女神はこの世界。この声が聞こえないわけがない。しかし手応えのなさに先ほどの紅い花を思い起こし、苛立ちを徐々に募らせて声は荒れていく。
「答えろよッ!!聞いてるんだろッ!?」
その悲嘆は淋しく響くだけ。クビアは唇を噛みしめた。本当は無意味だとわかっているのだ。
2014年、12月24日。その日は訪れた。女神がこつ然と消えたのだ。
もちろん、異変に気づかないわけのないクビアはその時も普段は寄り付きもしないこの女神の聖域で、呼びかけ続けた。何度も、何度も。女神の『娘』が止めに入るまで、ずっと。
「くそ……ッ!なんで……ッ!」
「ムダよ」
風と共に、またサフラン色の髪の少女は現れた。クビアは一別もくれず、拳を握りしめ震わした。少女は彼を諭すように、穏やかな言葉を紡いでいく。
「『アウラ』は世界と同化したの。かつて個を捨てて神になった。そして今はまた神であることを捨て、因果を離れて無為に還った」
その言葉に彼は口角を吊り上げた。その唇から、嗤いがこぼれた。目は全く笑っておらず、そこから放たれるのは完全なる殺意だけ。
「還った? ……嗤わせんなよ!!」
クビアが目を見開き、吼える。その気迫は彼の力の鱗片が込められていて――腕輪の反存在、強大にして凶悪なクビアの力に、少女は柳眉をしかめた。
「お前にしたって、還れるからいいだろうな! 次の、この世界に還ることができる!」
詰め寄り、少女の襟元に掴みかかる。小さな身躯というハンデを気にすることなく、クビアは無遠慮に揺さぶった。
「……だけど、還る場所のないヤツは……どうしろっていうんだよ!!」
腕輪がなくなればクビアもなくなる。そうなれば彼はどこに還るのか。データの海へ?――それはできないと、クビアにはわかっていた。腕輪のような闇も光も孕んだ危険物質は、このネットから消滅する。つまりその反存在・クビアの還る場所は――『無』。
クビアは今、この瞬間を消えるために待ち続ける他にない身なのだ。少女は押し黙る。抵抗もなく、その毒の染み込まれた鋭い言葉を真っ向から注がれても、前を見据えていた。逆にクビアが苦悶の表情を浮かべ、目をそらす。手を緩め、少女を解放した。膝を力なくついて、頭を垂らす。まるで罪人が裁きを受ける前に懺悔の言葉を遺すかのような出で立ちだった。
「……わかってる、さ……アウラは、僕を苦しめたくて腕輪を消さなかったわけじゃないことぐらい」
それが女神の慈悲であることぐらい、承知していた。そこには感謝の思いも微かに込められているからだろう――忌諱していたように名を呼ぶこと避けていた彼が女神の名を呼んだ。この事態を、女神の決断を事前に聞いていたとしてもクビアが耳を貸すわけがない。かといって何も言わず腕輪を消し去っていけばよかったか。それもできなかっただろう。女神は――優しいから。
少女は押し黙っていた。擁護することも非難することもせず、ただクビアを見つめていた。
「……時間はない……だけど、まだ僕は……カイトに会えるチャンスがある」
彼のその言葉に少女は視線を下げた。涙は見せないがその瞳は悲しみだけが取り残され、行き場を失っていた。
「そこで終わらせよう」
「……それでいいの?」
「まさか。だけどそれが最後なんだ」
「……」
「ケジメを、つけないといけない」
全てをもう決めてしまったように、ひとつひとつを自分へ言い聞かせるようゆっくり、ハッキリと宣言した。
「……アナタは『アウラ』を許さないでしょうね」
少女は天を仰ぐ。クビアは笑った。今度は正真正銘の笑みであり、ぎこちなさと諦めが垣間見えた、笑みだった。
「あたりまえだ。この身が消えるまでずっと、ずっと許さない。……許すもんか――消滅するその瞬間まで、呪ってやる」
彼は立ち上がり、振り返ることなくこの空間から姿を抜け出していく。最後、光に包まれながら呟いた。
「僕は
脳裏には、ただそよぐ風に身を任せているだけのあの紅い花を思い描いていたに違いない。そのまま、クビアは世界へ戻っていった。運命を自分の手で下すために。
「……『アウラ』は……ママは、優しくなんてない。ただ甘くて、ヒドくて……無責任よ」
やっと絞り出したような声で母である女神を責める、残された
終わりが、別れが、悲しみが、すぐそこに。
(だから、僕はもう迷わない――もう迷えない)
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