周囲が明転し始めた。ヤツらが逃がすまいと囲いを作り上げているのだ。今はどうでもいい。その時間だけで、クビアには充分だった。
「そんなの、なんで、……どうして」
「カイト」
先ほどとは立場が逆転した。抱きしめる。されるがまま、無気力に立ち尽くす君を強く、強く。これが最後だから。
やるべきことをやろう。なにも語ることなく、終わらせよう。
「なにが、起こってるんだよ」
「……」
「……答えてくれないの?」
「……」
「……きっと、どうにかなる。いや、どうにかする」
「……」
「今までだって、そうしてきたじゃないか、そうだろ!……だから、大丈夫だよ、大丈夫」
「……」
「……だい、じょうぶ。だから、だから、お願いだから……」
「……」
「……嫌だよ、クビア。嫌だ……腕輪を消したら、クビアも……そんなの」
「……」
「クビア……っ……!?」
無言を貫き通せば、カイトが異変にようやく気がついた。だけどもう遅い。大きく間合いを取る。
「な、っ、!?」
腕輪が作動した。カイトの意志に反して掲げられた腕。突き出された腕輪。
「なんでっ……!?」
カイトは泣きだしそうな声で戦慄く。ごめん、さっきの接触でウイルスを流し込んだんだ。PC自体が暴走するように。
もう女神は個を捨てた。世界の意思は、加護は薄れてる。だからネットスラムで調達し手を加え仕込んだそれすらにも、カイトのPCは汚染された。
こうでもしないと、何が何でも腕輪を死守しようとするだろから。
クビアは武器を取り出す。それは骨のような外見、刃に浮き出る生々しい肉のような紫が醜悪で、圧倒的かつ威圧的な、彼の背を優に越す巨大な鎌。
ネットスラムの吹き溜まりで見つけたものだ。一目で気にいった。元のデータは斧であり、
名前は文字化けしていた。あえて名付けるなら『永劫の黄昏』なんてどうだろう。まぁ名前なんて無意味だけれど。これから与えられる衝撃に耐えられるわけがないのだから。でも、存在したという証はあってもいいと思うから、この名前を与えよう。――クビアは微かに微笑んだ。
禍々しく輝く腕輪。綺麗な華のよう。そこであの紅い花が脳裏をかすめる。次に西風の少女が、次々と知っているPCがかすめては消えていく。人間のいう、死ぬ前に見るっていう走馬灯みたいなものだろうかなんて考えが浮かんだ。浮かんで、奥底へと深く深く沈めた。
僕はクビア。人間なんかじゃない。
――最悪最凶で、矮小なデータだ。
『永劫の黄昏』を構え、大きく振りかぶる。腕輪は光を収縮し、膨れ上がる。カイトはなにか叫んでいた。クビアには聞こえなかった。変わりに歌うように囁いた。
「こんな僕の酷い行いも、なにが起こっているのかも知らないままでいい。お願いだから、知らないでいて。関わらないままで、わからないままで、
お別れ、しよう」
膨大な光ははじけた。それと同時に鋭利な釜じゃ振り落とされる。光はクビアの身体を貫き、刃は腕輪を凪いだ。
タウンを光が覆う。風景の明暗すら覆い隠すほど広がっていく。崩れていく視界に、崩れていく腕輪が見えて、崩れていく
――これで、本当にお別れだ。
其処には喪失すらもない。
(無は彼にとって優しいものなのか、それとも……――)(そんな概念すらない場所に、クビアは消えていった)
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