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RAGNAROK
女神と、囚われの呪紋使い
執筆:2011/05/05
更新:2011/05/12

 艦内が騒がしい。トキ☆ランディがギャーギャーなにか言ってるけど、僕の耳に入らない。なんだかとっても浮ついてるのだ。周りの光景があまりに他人事に思えて居心地が悪い。静かな場所で落ち着きたくて、あの場所に足を向ける。

 僕はあの頃……世界に囚われていたあの頃を後悔なんてしてない、けどまだ懐かしんでいるんだろう。イバラの間によく来てしまう。普通に物思いにふけてるだけでもグランホエール内では誰かが話しかけてくるので、少し緊張する。嫌ではないけど、なかなか慣れなくて……どうしても無理だと思い始めたら、ここに来る。イバラの間は人の出入りが滅多にないから。

 異質なイバラに囲まれた薄暗い室内に、ポツンと存在するベッド。僕と深く縁ある場所のレプリカ。

 足が止まった。誰かいる。誰かがベッドに横たわっている。そう認識すると勝手に足が動き出した。近づいて、覗き込む。
 夢でも見ているのかと頭を、目を疑う。いつも宙を漂っているテディベアを抱きしめ、そこにいるのは――この部屋に縛られていた少女だったから。

 なんの冗談か、誰の悪戯か。
 考えて考えて、こんな趣味の悪いことする人、それに加えて行動できる人は限られる。でも誰にも当てはめられない。それに先日、トキオは言っていたのだ。『あの子を見た』と。

 これは、本当に――あの子なのか。

 ベッドに沈むその子が身じろいだ。その小さな動作に思わず立ち竦む。何を恐れているんだろう。わからないけど、無意識に息を飲む。

 大きなアメジストの瞳が僕を見た。僕を、司を映した。

 ゆっくり起き上がり、目をこすり、もう一度僕をしっかり見据える。そして――へにゃっと、表情を緩めた。
 笑った。
 あの子が、笑った……。
 僕もなにかそれに応えようと思うけど、うまく声にならない。喉に声が張り付いている。

「アウ、ラ……?」

 頼りない気の抜けた声しか出なくて、嫌気がさすけどどうにかあの子の――アウラの名前を呼べた。君は、本当にアウラなの?だって、アウラは、アウラは僕の記憶の頃とは違って大きくなってるはずだし、それに……もう、この世界には――。

「つかさ」

 寝起きの、舌っ足らずで甘い声で僕の名を呼ぶ。そしてもう一度笑う。

 それで吹き飛んだ。もろもろ、全部どうでもよくなった。

 膝をついて、ベッドに座るアウラと視線を合わせる。柔らかそうな髪。マシュマロみたいな頬。しっとりとした艶を見せる肌。
 僕の知るアウラはここまで輝かしい、生命溢れる少女じゃなかった。この部屋で生気を抜き取られているかのように、そこにあるだけの“物”のようだった。

 僕とリンクしていた少女。
 アウラが目覚め、僕も目覚めた。リアルに帰れた。
 しかし、僕はアウラに……ヒドいことをした。
 後悔なんてしてない、なんてちょっと嘘。僕は、一つだけ、一つだけ大きく後悔していた。

「アウラ……ごめん」

 目覚めたばかりでなにもわからない彼女をひとり置いて、僕は世界を抜け出した。僕は弱くて、戻ることをしなかった。謝りたかったんだ、自己満足でしかない謝罪だけど、アウラにちゃんと謝りたかった。ひとりぼっちにしてごめん、と。

 アウラは首を少し傾けた。ぴょんとはねた癖っ毛がふわふわ揺れる。何を言われているかわかっていないようだった。だけどまたもう一度笑う。赤ん坊が親を安心させるために笑うように、自然で愛らしい笑みを咲かせる。

「つかさ、司……!」

 まるで他の言葉を知らないかのように、嬉々として僕の名前を連呼する。
 僕はゆっくり手を包むように握った。怖がらせないように、壊れ物を触るように恐る恐る。簡単に納まる、小さな手。今の僕に感覚はない。昔を大いに懐かしむ。惜しむ。嗅覚が触覚が視覚が、この世界に僕が呑まれていたときのこと。この小さな存在をちゃんと感じたかった。ここに生きている少女を感じたかった。とても、悔しい。目の奥がじわじわと熱を帯びるのを必死に押し込めて、アウラを見つめる。真っ直ぐな眼差しに応える。それぐらいしか、彼女にできることがなかったから。



女神と、囚われの呪使い
(ごめんね、アウラ。本当に、ごめんね)(もう一度呟いたそれに、また君は大きな目を瞬いて首を傾げた)






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