「遅い」
マクアヌに降り立ってみると背後から声。人通りの激しいゲートで他のプレイヤーの邪魔にならないようにした配慮だろうか、壁際に彼はいた。口とは反して、カイトの表情は穏やかそのものだった。クビアは「ごめん」と一言謝りカイトも「いいよ」と一言で許す。いつもの光景、いつもの流れ。それがクビアは苦くて、視線を落とした。
「どうかしたの?」
「……どうしようも、ないんだ」
「え?」
「なんでもない」
笑おうとするけど、表情が強張り上手くいかない。
「……今日、なんかヘン」
「その言いぐさは失礼だな」
「ウィスパーには応えないし、なんか上の空……というか心此処にあらず、みたいだ」
「いつだって心はカイトのもとにあるよ」
「……ほら、そんな言い回しとか普段なら絶対しない」と見るからにカイトは少し照れながらもクビアを怪しみ裏を読もうとしている。
「……本当にどうしたの?」
「……ヘン?」
「ヘンだよ、様子がおかしい。挙動不審、って言えばいいのかな」
「そう? 気にしないで」
「……それに、なんだか……」
「なんだか?」
「……怖い、よ」
その言葉に表情は完璧に凍りついた。責めるような声色で「……なにが怖いの?」と問う。カイトも表情を堅くしたまま、答えた。
「君が、怯えてるから。だから、ぼくもなんだか……怖くなる。」
その言葉にクビアの無表情が、一瞬にして崩れ去る。笑いたいのか泣きたいのか曖昧で、自分ではどうしようもない感情をどうにか処理しようと葛藤が見えた。
「……ねえ、なにをそんなに――」
「もう、黙れよ」
しかし厳しく堅いその一言に、カイトは口をつぐんだまま視線を交える。クビアは腕を伸ばし、カイトの輪郭を声とは逆に優しさの込められた触れ方をする。
そして蒼く冴え渡る空のように深い色の瞳を覗き込んだ。あのネットスラムとはまた違う壮大な空がそこにあって、思わず見惚れる。次の言葉を待ち望んで小首を傾げる動作が愛らしくて。
キスしたい。
そうなんだか思いついたら行動に出ていた。
触れるだけで終えるはずだったけどカイトは驚きを隠せず目を丸くした。そのために大きく開かれた蒼にますます心奪われる。だからキスを止めない。もっと深く、深くと欲してく。一度身体全体を硬直させた彼だったがすぐに抵抗をみせた。腕で突っぱねようとするが舌を絡めてやると一瞬怯み、その隙に両腕を掴んで後ろの壁を利用し拘束。
「はぁっ……ぅ……!」
顔を背けて逃れようとするがまたすぐに捕らえて甘く熱い息を吐くだけに終わる。少し苦しそうに眉を歪め頬を色っぽく上気させた彼の目は閉じられてしまっていて、クビアは残念に思いながら行為を続ける。執拗に絡めて咥内を荒らせば混ざる濡れた音が響いてカイトが痙攣したように身体を跳ね、膝も腰にも力が入らなくなってきたのか徐々に壁伝いにゆるゆる座り込む。それの間も逃がすことなく攻め、投げ出された脚の間に身体を滑り込ませ覆い被さるように、抱きつくような形のまま事を進んでいく。抵抗をみせなくなった腕を放して、熱のこもる頬に触れ、蒼碧色の髪に指を差し込みその柔らかさを堪能する。唇を放せば軽いリップ音とともに銀色の橋が渡り途切れる。紅く染まった唇に、空を閉ざした瞼に、啄むようなキスを落とす。カイトは浅く吸ってては吐いてを繰り返して息を整えようとしている。
全神経から感じ取れるカイトの温もりにうっとりとした。熱くて甘くて、心地よく、このままとけあってしまえればいいのに――そう胸は高鳴る。……カイトが、
「はぁっ……くび、あ……」
熱と色を帯びた舌足らずな声で僕の名を呟くまでは。目は開かれ、そこには変わらない蒼い空がまたあった。そこに映された者。名は、クビア。
飛び起きて、カイトから退く。彼はやっと焦点が合いだした瞳をクビアの動揺を読みとってか揺らした。
「クビ……ア?」
「な、んで」
「え?」
「『クビア』……なんだ……僕は、なぜ……」
Cubia。反存在。影。
歪みの、象徴。
「……カイト」
苦しいよ、カイト。
キミの傍にいると、こんなにも簡単に揺らいでしまう。
クビアは強く想った。此処にいたい。あの美しい空の下、ガラクタの山から見る風景と共にありたい。どうでもいいなんて嘘であると。クビアはあの場所が大好きだった。カイトが着てくれる。カイトが待ってくれている。そんなあの場所が、この世界が、好きだった。
カイトの傍らにいたい。別れなんてしたくない。ツラい思いなんてたくさんだ。キミと冒険がしたい。キミとずっと語り合っていたい。キミと笑い合っていたい。キミと悲しみもささやかな怒りも憎しみも共有していたい。キミを愛したい。キミと、幸せになりたい。
それでもそれは許されない。
彼はカイトで、彼はクビア。
終わりは、いつだって隣にあった。
(見て見ぬふりをしていた)(それだけが、罪であり罰)
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